三万二千人との約束
1. 王都アステリアの門:不気味な「清廉」
数日後。私たちはついに、王都アステリアの巨大な白亜の城門を潜った。
門を通り抜けようとした俺たちの前に、衛兵が槍を交差させて立ち塞がる。だが、その顔には困惑が浮かんでいた。
「……待て。お前たち、その姿はどうした?」
衛兵が凝視するのは、俺たちの衣服だ。
八年間の「ドブさらい」で培った清掃スキルと、転職で得た『不浄なる循環』。それらによって、俺たちの服には泥も埃も、ましてや生臭い血の臭い一つ付着していない。
しかし、廃棄場の毒霧と大牙狼の魔力奔流に晒された布地は、魔力腐食によって繊維が極限まで細り、もはや向こう側が透けて見えるほど無惨に崩壊しかけていた。
「……追剥かと思ったが、妙だな。泥一つ付いていない。だが、その服……まるで酸の雨でも浴びたのか?」
「いや、冒険者を目指して田舎から出てきたんだ。最初からこの衣服さ」
俺が淡々と答えると、衛兵は頬を引きつらせた。
「不自然なほど清潔」なのに「物理的には全壊」している。その矛盾が、俺たちに得体の知れない「強者感」を与えていることに衛兵は気づいたようだ。
「そうか……。だが、その様子じゃ入国税も払えないよな? 一人1,000ガルドなんだが……」
「入国税か。……あいにく金は無いな」
衛兵は俺の眼光——死線を潜り抜けたゲーマーの冷徹な瞳——に気圧されたように一歩下がり、苦笑いした。
「……いや、冒険者になるんだったな。ならいい。この木札を持っていけ。お前らみたいな『ワケあり』の分は、ギルドが代納する仕組みだ。……さっさと行きな。その格好、見てるだけでこっちの神経が削れる」
俺たちは、衛兵の困惑を背に王都の石畳を踏み締めた。
2. 冒険者ギルド:鑑定眼が捉える異変
ギィィィ……
重厚な扉を開け、俺たちは冒険者ギルド「盾と双剣」へと足を踏み入れる。
窓口に座る受付嬢、ミーナは、俺たちが近づくにつれ、笑顔を凍りつかせた。
「いらっしゃいませ……っ!? そ、その……」
彼女はプロだ。毎日何十人もの冒険者を見ている。だからこそ、俺たちの異常性に即座に気づいた。
「汚れ」がないのではない。「汚れ」が許されない場所から来たのだ。
「どうしたんですか、その……服。……まるで高濃度魔力地帯に何日も浸かっていたような腐食の仕方ですが……」
「いや、冒険者を目指して田舎から出てきたんだ。最初からこの衣服さ」
衛兵にしたのと同じ、テンプレのような嘘。だが、このボロボロの衣服が「清潔」であるという事実が、その嘘に「触れてはいけない何か」という重みを加えていた。
「……失礼いたしました。ミーナと申します。……代筆ですね。お名前はアラト様とリナ様。では……パーティー名は決まっていますか?」
ミーナの声には、先ほどの衛兵と同じ、隠しきれない緊張が混じっていた。
3. 【約束の配信者】
俺は一瞬、目を閉じた。
脳裏を過ったのは、モニターの向こう側で「22時の約束」を待っていた3万2千人の熱狂。そして、特等席でこの「クソゲー」を楽しんでいるであろう、あの白猫。
(待たせたな。……放送開始だ)
俺は不敵に口角を上げた。
「パーティー名は——【約束の配信者】だ」
知力「95」に到達したリナが、隣で静かに微笑む。
彼女の纏う銀猫の毛皮だけが、その「不気味なほど清潔な崩壊」の中で、唯一の生存の証明であるかのように神々しく輝いていた。




