過去と誓い
ドラグフ山脈を下り、安全な森の開けた場所で野営の準備を整えた後、焚き火を囲みながら俺たちはジセスの話に耳を傾けた。
「……私は、このドラグフ山脈の先にあるエルフの国、アルフェイムの第一王女として生まれました」
ジセスがぽつりとこぼしたその言葉に、ウルとレンが驚きに息を呑んだ。
「第一王女……!? それがなぜ、奴隷なんかに……」
ウルの問いに、ジセスは自嘲気味に笑った。
「私の職業が、【荷運び】だったからです。精霊魔法を至高とするエルフにとって、魔法の使えない物理の不遇職など王家の恥。私は存在を隠蔽され、太陽の光すら差さない地下塔で、具体的な年数はとうに数えるのをやめましたが……100年以上、軟禁状態に置かれていました」
100年の孤独。その途方もない時間に、俺とリナは黙って焚き火の炎を見つめた。
「先日、父である国王が逝去しました。それを機に、王位継承権の絡みで私が完全に『邪魔な存在』になったのです」
ジセスは震える両手で自身の膝を強く握りしめた。
「不遇職のエルフなんて、大半は売られて人間の性奴隷にされます。人間はエルフの見た目に価値があると思う愚か者が多いですから。私も、人間のどこかの国の変態王族に高値で売られる予定でした」
「クソみたいな話だな」
俺が吐き捨てるように言うと、ジセスは悲しげに首を振った。
「……私はずっと、父から嫌われていると思っていました。要らない子だから、地下に閉じ込められたのだと。でも、違ったんです。今まで私が売られずに済んでいたのは、お父様がずっと私を守ってくれていたからでした」
ジセスの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
「王位継承の芽も、政治的な利用価値もないと、他の王位継承権を持っている兄弟姉妹や貴族たちに思わせるために……あえて私に冷たく当たり、無関心を装って守り続けてくれていた。その真実を、私はお父様が死んだ後に知りました」
「死んだ後に……?」
リナが眉をひそめる。
「はい。お父様の死は、表向きは病気による急死と発表されました。ですが実態は、王位を狙う身内に毒を盛られて殺されたのです。この事実は、お父様の親友であり側近でもあったファレン様から聞きました」
ジセスは言葉を詰まらせ、嗚咽を噛み殺した。
「お父様が殺されたとわかってから、ファレン様は私を国から逃がそうと奔走してくれました。しかし……そのファレン様も暗殺されてしまった。味方は誰もいなくなり、私はそのまま奴隷商に引き渡され、今に至ります」
焚き火のパチパチという音だけが、静寂に包まれた森に響く。
ジセスは両手で顔を覆い、しばらくの間、静かに泣いていた。俺たちは誰も言葉を発さず、ただ彼女が落ち着くのを待った。
やがて、ジセスは袖で乱暴に涙を拭い、顔を上げた。
その瞳には、先ほどの怯えた奴隷の面影はなく、王族としての強い意志と、燃え盛るような憎悪が宿っていた。
「だからアラト、私はあなたの仲間になります。ですが……私の目的は、お父様とファレン様の復讐です。国を乗っ取った者たちを、私は絶対に許さない。……それでも、私をパーティーに入れてくれますか?」
彼女の悲壮な決意に対し、俺は「約束の配信者」のリーダーとして、そしてゲーマーとして、口の端を吊り上げた。
「なんだ、そんなことか」
「え……?」
「つまり、『腐った国の中枢に乗り込んで、王位を簒奪した黒幕どもを全員ぶっ飛ばす』っていうメインクエストだろ? 上等じゃないか」
俺の言葉に、リナが呆れたようにため息をつく。
「アラトにかかれば、国家の転覆もゲームのシナリオ扱いね。……まぁ、私も変態王族やクソみたいな貴族は大嫌いだから、全力で手伝ってあげるわ」
「私も、ジセスちゃんのお父様たちの無念、絶対に晴らすべきだと思います!」
「姫のためならば、拙者もこの命、喜んで影に潜ませましょうぞ!」
ウルが力強く頷き、レンが芝居がかった手つきで一礼する。
「ほらな、うちのパーティーはこういう連中だ。復讐だろうが何だろうが、やりたいことがあるなら力ずくで叶えてやる」
俺が手を差し伸べると、ジセスは驚いたように目を見開き、やがてその目に再び涙を浮かべながら、俺の手をしっかりと握り返した。
「……はい! アラト様、皆様……よろしくお願いいたします!」
こうして、俺たちのパーティーに「復讐を誓うエルフの第一王女」が加わった。




