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【御礼20,000PV到達】戸侯記  作者: 和音
■第四章■

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25-3 壱岐勝本城【文禄の役-初戦】

2026.3.14掲載58日目で15,000PV到達しました。

ありがとうございました!

ご評価、ご感想など頂ければ嬉しいです。

引き続きよろしくお願いいたします。



天正二十年(1592年)水無月(みなづき)(6月)中旬――壱岐・勝本城沖。



夕焼けの海を裂くように三(そう)小早(こばや)が進んでいた。


帆は低く船体は細長い。

軍船というより速さを重んじた船である。


「距離、およそ三町!」

見張りの声が響いた。


浜では荷揚げをしていた兵たちが慌ただしく動き始める。

槍を取り、弓を取り、櫓へ駆け上がる者もいる。


永重(ながしげ)は城の上から海を見ていた。


「帆の印は見えるか」

「いえ、若殿。何も掲げておりませぬ」

伊織(いおり)が答える。


重兼(しげかね)が腕を組んだ。

「商船ではありますまい」

「うむ」

永重は静かに言った。

「商船なら旗を掲げる。旗を隠すのは――」

「戦う気がある者だけですね」

伊織が続けた。


そのとき。

浜の方から声が上がる。


「止まれ!ここは太閤殿下の軍港である!」


城番の兵が舟を出し、海上で呼び止めた。

三艘の小早は一瞬だけ速度を落とした。


そして――突然、帆を大きく張った。

「逃げるぞ!」

見張りが叫ぶ。


小早は一斉に向きを変えて沖へ走り始めた。

重兼が笑った。

「図星ですな」


永重は頷いた。


「追うぞ」

「船を出しますか」

「いや」

永重は首を振った。

「間に合わぬ」


小早の速さは関船では追えない。

海の上では向こうが有利だ。


永重は静かに言った。

「弓隊、用意」

城壁に弓兵が並ぶ。

「距離二町!」


まだ遠い。

だが小早は湾口を横切る形で走っている。


「若殿、届きますか」

半佐が聞いた。


永重は風を見た。

海風が背中から吹いている。

「届く」


弓兵に向けて言う。

「高く放て。船ではなく帆を狙え」


重兼が小さく笑った。

「なるほど」


弓隊が弦を引き絞る。

永重が手を上げた。


「放て」

一斉に矢が放たれた。


黒い弧が夕空に広がる。

矢は風に乗り、湾の出口へ落ちていく。


数十本の矢が海面に突き刺さる。

だが――

数本が帆を貫いた。


「当たった!」

見張りが叫ぶ。


一艘の小早の帆が裂ける。

風を失った船は急に速度を落とした。


重兼が言った。

「今です」


永重は振り向いた。

「関船を出せ」


浜で待機していた小型の関船が三艘、すぐに櫂を入れた。

兵が乗り込んですぐに湾口へ走る。


帆を裂かれた小早は必死に(かい)を漕いでいる。

だが遅い。

関船が距離を詰める。


「囲め!」

城からも見える距離だった。


やがて――一艘の小早が捕まった。


残り二艘はそのまま沖へ逃げていく。



しばらくして。



捕えた船が浜へ引き戻された。

兵たちが集まる。


船から引き出された男は三人。

髭を生やし粗末な衣だった。腰には短刀。


倭寇(わこう)であった。

重兼が腕を組む。

「やはり」


月心(げっしん)が船を調べていた。

「若殿」

「どうした」

月心は船底から何かを拾い上げた。


小さな木札。

そこには――


漢字が彫られていた。

「……朝鮮の文字ですな」

永重はそれを受け取った。

「なるほど」


半佐が驚いた。

「倭寇ではないのですか」

永重は静かに言った。

「倭寇でもある」

木札を見ながら続ける。

「だが――雇われた倭寇だ」


重兼が眉を上げた。

「つまり」

永重は海を見た。

「朝鮮側が様子を見に来た」



逃げた二艘の船影はもう見えない。

「壱岐がどれほど守られているか」

伊織が言う。


「そして兵站の規模を探った」

永重は頷いた。

「最初の偵察だろう」


半佐が少し青ざめた。

「つまり……」

「敵も分かっている」

永重は静かに言った。

「ここが喉元だということを」


そのとき。

背後から声がした。


「見事な判断だ」

振り向くと、一人の武士が立っていた。


細身の男。

太田一吉であった。


一吉は捕らえた船を見た。

「逃げられると思ったが……」


永重は頭を下げた。

「帆を落とせば足が止まります」


一吉は小さく笑った。

「よく見ている」


そして低く言った。

「これは始まりだ」


重兼が聞く。

「また来ると」

「必ず」

一吉は答えた。

「次は三艘ではない」


永重は海を見た。

夕日は沈み、海は暗くなり始めている。


その夜。

勝本城の見張りは倍に増やされた。


浜には篝火が焚かれ、

櫓には弓兵が立つ。


壱岐は静かだ。

だが海の向こうには敵がいる。


城の上で永勝(ながかつ)が言った。

「どう見る」

永重は答えた。

「探りです」

「うむ」

永勝は頷いた。

「だが、敵は賢い」

永重も頷く。

「兵站を叩けば戦は終わる」

海風が吹いた。


遠くで波が砕ける音。

永重は小さく呟いた。

「――来るな」




その頃。

壱岐の北西、沖合。


逃げた二艘の小早は暗い海を走っていた。

船上の男が言う。

「城がある」


別の男が答える。

「船も多い」

三人目が低く呟いた。


「……李将軍に知らせろ」

その名を聞いた男たちの顔が引き締まる。


海の向こう。

朝鮮水軍。


そして――

後に東アジアの海戦史に名を残す男。

()舜臣(スンシン)


壱岐の小さな偵察は、

やがて大きな海の戦へ繋がっていくのであった。




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