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【御礼20,000PV到達】戸侯記  作者: 和音
■第四章■

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25-2 壱岐勝本城【文禄の役-滞陣】


天正二十年(1592年)水無月(みなづき)(6月)中旬――壱岐(いき)・勝本城。



第一陣が釜山(プサン)へ上陸したという報は、島中を駆け巡った。


城内では早くも動きが変わり始めていた。

これまで「備え」であった兵站(へいたん)が、実際の「戦の流れ」として動き出したのである。


浜では昼夜を問わず荷揚げが続いていた。


兵糧俵。

矢束。

鉄砲玉。

槍の柄。


それらが次々と城内の蔵へ運ばれ仕分けされ、再び船へと積み替えられる。

壱岐から対馬(つしま)、対馬から朝鮮へ。


巨大な軍の血流のような流れが生まれていた。


「若殿。こちらの帳面でございます」

半佐(はんざ)が差し出したのは、兵糧の出納(すいとう)を記した帳簿であった。


永重(ながしげ)は板の間に座りそれを開く。

「名護屋より到着した俵、二千七百。

そのうち対馬へ回したもの千九百……」


指で数を追いながら言う。

「残り八百は島内の備えか」

「は。城番衆と九番隊の備蓄でございます」


重兼(しげかね)が腕を組んだ。

「思ったより余裕がありませんな」


伊織(いおり)も頷く。

「前線の消費が早いのでしょう」


永重は帳面を閉じた。


「いや――」


三人が顔を向ける。

「最初から余らせる気はない」


永重は静かに言った。

「殿下はこの戦を一気に押し切るつもりだ」


重兼が眉を上げた。

「つまり……」

「兵站は常に前へ流す」


永重は浜の方を見た。

「ここに溜めるのではない。

流れ続けさせる」


半佐が小さく呟く。

「川のように……」

「そうだ」

永重は立ち上がった。

「だが川は、()き止められれば氾濫(はんらん)する」

そして振り返る。


「壱岐が詰まれば、この戦は止まる」

重兼が笑った。


「なるほど。若殿、だんだん大将の顔になってきましたな」

「やめろ」

永重は苦笑した。


その日の午後。


永重は浜の見回りに出ていた。

港には大小の軍船がひしめき合っている。


荷を運ぶ足軽たち。

船頭の怒鳴り声。

鍛冶場の火花。


壱岐は完全に戦の港になっていた。


そのとき。

「藤懸殿」


背後から声がした。


振り返ると、一人の武士が立っていた。


三十代後半ほど。

細身で、静かな目をした男である。


永重は軽く頭を下げた。

「どなたでござろうか」


男は名乗った。

「太田一吉と申す」


重兼と伊織が息を呑む。


軍目付――九番隊の監察役である。


永重は丁寧に一礼した。

「お初にお目にかかります。藤懸永重にございます」


一吉は港を見ながら言った。

「忙しそうだな」

「は。島中が動いております」

「それでよい」

一吉は静かに言った。

「戦は前線だけではない」


永重は少し笑った。

「つい先日、同じことを父に申されました」


一吉の口元がわずかに動く。

「良い父を持ったな」

そして永重を見る。


「そなたのことは聞いている」

「……どのように」

「黒田殿」


永重の表情が少しだけ変わった。

一吉は続ける。


「黒田如水殿が、名護屋で言っていた」

重兼と伊織が顔を見合わせる。


一吉は淡々と告げた。

「丹波に面白い若者がいる。

戦を盤のように見る男だ、とな」


永重は苦笑した。

「買いかぶりでございます」


一吉は首を振る。

「買いかぶりかどうかは――」

浜の荷駄を指さした。

「ここをどう動かすかでわかる」

そして少しだけ声を落とした。


「壱岐は小さい。

だが、ここを狙う者は必ず出る」

「……倭寇ですか」

「それもある」

一吉は言った。

「だがそれだけではない」


一瞬、沈黙。

「朝鮮水軍」


重兼が低く唸る。

「島を襲うと」

「可能性はある」

一吉は頷いた。


「前線を叩くより、血管を断つ方が早い」

永重は海を見た。


確かに。

ここは細い喉元のような場所だ。


一吉は言った。

「守れるか」


永重は少し考え――

そして答えた。

「守ります」


一吉は小さく笑った。

「よろしい」


そして踵を返した。

去り際に一言だけ残した。

「竹中殿も、そなたに興味を持っている」


永重は振り向く。

「重利殿が?」

「うむ」

一吉は歩きながら言った。

「軍目付は戦場を見る。

だが――」


肩越しに振り返る。

「面白い武将も探している」


そう言って去っていった。




夕刻。

永重は城の上に立っていた。


海は赤く染まっている。

船団はまだ動いていた。


壱岐から対馬へ。

対馬から朝鮮へ。


戦の流れは止まらない。

重兼が隣に立った。

「若殿」

「なんだ」

「どうやら、この島――」


伊織も加わる。

「思ったより面白い場所になりそうですな」


永重は笑った。

「退屈はしないらしい」


そのとき。

沖の見張り櫓から声が上がった。


「船影あり!」


兵たちがざわめく。


見張りが叫ぶ。

「北西より接近!

船、三艘!」


重兼が目を細めた。

「商船……か?」


伊織が首を振る。

「いや――」

風が帆を揺らす。


遠くの船影が少しずつ形を見せる。

細長い船体。


速い。

永重は静かに言った。

「小早か」


重兼が低く言う。

倭寇(わこう)かもしれませぬな」


永重は手を上げた。


「皆を呼べ。

弓を持たせよ。鉄砲はまだ出すな」


半佐が走る。

城内が一気に動き出す。


永重は目を細めた。

船は、まっすぐ壱岐へ向かっていた。

「――面白くなってきた」

夕焼けの海を見ながら、重兼が呟いた。


壱岐の最初の戦が、

静かに近づいていた。





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