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【御礼20,000PV到達】戸侯記  作者: 和音
■第四章■

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32 名護屋城【文禄の役-帰還】

第四章はこれで終幕となります。

また、今回で通算100話目になりました。

まだまだ物語は続きますが、引き続きよろしくお願いいたします。


文禄二年(1593年)卯月(うづき)(四月)下旬――名護屋城。



永重(ながしげ)らは、再び名護屋城の地を踏んだ。

そして戻って様々な事が分かった。


藤懸家が所属した九番隊は、後方守備と補給路の維持が主な任務だった。

しかし九番隊主将の豊臣秀勝が陣中で病死。

ここまでは知っていたが、昨年秋の晋州(しんしゅう)城の戦いで九番隊の一部は主力を務め、副将細川越中守(えっちゅうのかみ)忠興、永重の義父である木村常陸介(ひたちのすけ)重茲(しげこれ)も参戦していた。


撤退が決まり、まずは皆が無事に帰還出来たことに永重はほっとしていた。



永重らは上陸したものの、帰還した者たちで溢れかえっていたため郊外へ陣所を構えていた。

陣所とは言うものの、雨風を避けられる様に陣幕で覆った簡素なものであった。


夜はまだ冷え込むため、焚き火をしていたその時――


「永重殿」

誰かがやって来た。


陣幕を開けるとそこに居たのは、

竹中重利(しげとし)

そして、後衛衆(こうえいしゅう)として名護屋城を守っていた竹中重門(しげかど)であった。


「お疲れのところすまぬな」

重利はそう言うと、陣幕をくぐり中へ入ってきた。

「お久しゅうござる」

重門もそう言いながら入ってきた。


「御二方とも、お久しゅうございます。

この度は誠に……」

「そう(かしこ)まらずともよい」

重利が笑いながら遮り、床几(しょうぎ)に座った。

そして

今宵(こよい)はこれを持って参った。是非とも一献」

酒瓶を取り出して言った。


「はっ、(かたじけな)く。頂きまする」

そう言って永重も座った。


「なに、この度はよう働かれたそうだな」

重利は、永重が手に持った盃に濁酒を注ぎながら言う。

「表立っては出てこぬが、壱岐に居た者たちが皆そなたの事を話しておってな。

聞きたくて参ったのだ」

そう言うと、今度は重門と自らの盃に濁酒を注いだ。


「いえ、(それがし)は後方にて兵糧を送り続けたのみでございます。

重利殿のように前線に言った訳でもなく、重門殿のように殿下をお守りすべく心身を削ったわけでもございませぬ」

永重が応えた。


「長政殿は今もかの地で戦っておる」

重門がぼそっと呟いた。


長政殿。

恐らく永重も面識のある黒田長政の事であろう。

竹中重門と黒田長政は幼馴染であり親しい事は知れ渡っていた。


「……そうでございますな。

なればこそ、それを思えば某の働きなど……」

()舜臣(スンシン)とはいかなる将であった?」

重門が(さえぎ)って問うてきた。


――どう答えればよいのか。


永重は一瞬詰まったものの、素直に答えた。

(たぐい)まれな将にございました」

二人とも永重を黙って見つめる。

続ける。

「海の上では、某では勝てませぬ。

負けぬ戦がかろうじて出来ただけにございます」

そう言って酒を一口で(あお)った。


「それほどか……」

重利も酒を一口で呷った。


すると

「恐らくだがな。太閤殿下は再び兵を出される」

重門が言う。


「再び?」

「左様。それもそう遠くないうちに、な」

そう言って重門も一口で呷った。


重利が三人の盃に濁酒を注ぐ。


「――次は、前線に出る」

重門はまたも一口で呷った。

そして続ける。

此度(こたび)のような兵糧遅延は、致命傷になる」


なるほど。

此度の戦ではなく、次を見据えて聞きに来たのか。

なればこそ――


「もっともにございます」

そう言って永重は重門の目を見据えて続けた。

「次もまた、兵站(へいたん)を巡る争いは激しいでしょう。

某がどこにいるかは分かりませぬが、兵站は間違いなく命綱です」


重門がふっと笑って言う。

「そなたに一軍を預けてみたいものだ」

そして表情を引き締めると

「永重殿。長政殿はそなたの事を"扱えぬ"と言っていた」

続ける。

「切れすぎる、と」


永重はふっと笑い

「重門殿。某は出世や歴史に名を残すことを望んではおりませぬ」

「では、何を?」

重利が問う。

「某の望みは、自らの大切な者たちを守ることのみです」

即答した。


「そなたは武士であろう?」

「武士です。しかし、某が策を弄し太閤殿下にこの身を捧げお仕えするは、家族を、仲間たちを守る手段に過ぎません」

再びふっと笑い

「それ以上でもそれ以下でもないのです」


そして三人は以降、何気ない会話に終始しこの夜の席は終わった。




--------------------------




それから二十日後――


永重らは丹波に入った。


「もうすぐですな」

重兼(しげかね)が言う。


「此度は長かったですからね」

半佐(はんざ)


「しばらくはゆるりと出来ればよいが……」

伊織(いおり)が続く。


「まずは皆無事に帰還出来たこと。それを喜ぶべきですな」

月心(げっしん)


「皆よう働いてくれた。誰も欠けることなく帰れるのは皆のおかげだな」

永重が言う。


春のうららかな陽光が差し、丹波の山々は淡い緑に包まれていた。

道の脇には早咲きの花が揺れ、戦場の荒んだ景色とはまるで別の世のようであった。


永重はしばし足を止めてその光景を見渡した。


「……帰ってきたな」

誰にともなく呟く。


月心は静かに目を細めて遠くの山々を見やった。

「この当たり前を守るために、我らは戦っておるのです」


その言葉に、誰もが一瞬黙した。


やがて永重が歩みを再開する。

「参ろう。皆が待っておる」


一行は再び歩き出した。


やがて見えてきたのは、見慣れた屋敷と田畑であった。

煙がゆるやかに立ち上り、人々の営みがそこにある。


「戻られたぞ!」


誰かが叫び、ざわめきが広がった。

子らが駆け出し、女たちが戸口から顔を出す。


その中に――


「殿!」

懐かしくも聞き慣れた声が響いた。


永重の足が止まる。

駆け寄ってきたのは夕霧(ゆうぎり)


そして雪乃(ゆきの)

「……ご無事で、何よりにございます」


その声を聞いた瞬間、永重の胸に張り詰めていたものがふっとほどけた。


「……ああ」

それ以上の言葉がなかなか出なかった。


「遅くなったな」


雪乃は首を振る。

「いえ。無事に戻られて何よりでございます」


その声に、永重はわずかに笑みを浮かべた。


「戻った」


ただそれだけを言った。


雪乃は深く頭を下げた。

「お帰りなさいませ」


――守る。

その思いが胸の奥で静かに燃えていた。



名護屋での夜、重門の言葉がふと脳裏をよぎる。

――次は、前線に出る。


そして、再び兵が出されるという予感。

平穏は長くは続かぬやもしれぬ。


だが。


ゆっくりと立ち上がった。


「しばしの間は――」


空を見上げる。

春の空は高くどこまでも澄んでいた。


「この時を、守ろう」

その声は小さく、しかし確かな決意を帯びていた。


そして遠くで(うぐいす)が、鳴いた。




~~~~~第四章 完~~~~~



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