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7/残響幽鬼

綾は最後の影を貫いた手を振り、残穢を払う。

 無音の最後を看取り、百と二体目の影を片付けた彼女の息は平静であった。

 軽く服の埃を払い、建物の中へと足を踏み入れる。

 内部は無人。

 いるはずの看護師も医師の気配もない。

 吹き抜けの天井に貼られた天窓から降り注ぐ月光がロビーを淡く照らし出す。

 

「なんだ、まだいたのか」

 

 視界の端の黒が揺らぐ。

 瞬間、眼前に十体の影が躍り出る。

 

「なるほど、使徒か。しかし、まあ出来が悪い」

 

 今度は実体のある影。

 先程の枠さえ失った幽体では無い。

 医者と看護師は両目を血走らせ、綾に襲いかかる。

 タイルの床に異常に発達した足の爪を食い込ませ、刃物のような牙を剥く。

 その速度は豹に並ぶほどと見て取れる。

 明らかに人から外れた怪物。

 過剰な運動で骨や筋肉が悲鳴を上げているのであろう、ミシミシと音を立てて全身が軋んでいる音が聞こえる。

 呻き声が轟き、大空間のロビーに響き渡る。

 繰り出される獣のような一撃。

 自らの損壊など知らないような怪物の猛攻。

 その全てを避け、流し、組み伏せる綾は的確に、予定調和の舞踏が如き鮮やかさで彼らの体に浮かぶ赤色を叩き潰す。

 影とは違い、生々しい感触が手を伝う。

 意味を削られた怪物達はヘドロとなってその場に降り積もる。

 

「吸血鬼でも巣食ったか、ここ。さて、後は」

 

 綾は顔を上に向けて上階を観察する。

 壁に阻まれた先の空間を見通し、そこにある存在を視認して息を吐く。

 

「─────────っツ!」


 その時、酷使した目と脳が焼き付くような痛みに顔を顰める。

 

「制限して、これか。大河のやつもう少し上手く出来なかったのか、クソ」

 

 頭を振って痛みを紛らわせると、上階へと繋がるエレベーターに近づく。

 淡く光る上を指す矢印を押し込む。

 壁に直に刻まれた時計は十一時を指している。


「…………遅い」


 コツ、コツと貧乏ゆすりをして待つこと三十分。

 階段を使おうかと思った時、チンと甲高い音がしてエレベーターの扉が開く。

 中身から異臭が溢れ出る。

 

「ああ、丁度いい」

 

 エレベーターの中から響く獣の声に綾は誘われるように中へと入る。

 静かに、しかし確かな重厚感を伴って扉が閉まる。

 これより始まる凄惨な殺戮を外に漏らさぬように。

 

 ────────最上階へと辿り着いた箱がその口を開く。

 オレンジの灯りが頭上から照らす内部は炎に炙られる火葬場のようで、テラテラと照らされた怪物の死肉から溢れた液体が外にどろりと溢れた。

 

「ふぅ──────。着いたか」


 砕いた頭骨を雑に振り払うと私はエレベーターから先に広がる闇を見る。

 小上市立病院の四階。

 そこは重症者が運び込まれる場所であるという。

 本来は手術室などに近い場所であるべきだというのに、彼らは最も天に近い場所に安置されている。

 その理由は不明。

 ただ、そういう場所であると真也が言っていた。

 一体、あの男はどこからその手のマイナーな情報を引っ張ってくるのだろうか。 

 一歩、踏み出す。

 瞬間、全身を舐め回すような寒気のする気配を廊下の奥に感じて冷や汗が溢れる。

 私は一度、目を閉じてより深く、より冷たく世界を感じる。

 視界は、黒と白。

 光が網膜に投影され、情報として噛み砕かれるという人間としての視覚情報を断絶する。

 しかし、私の脳裏に浮かぶ映る世界は視覚より明白で、鮮明だ。

 より濃く、緑に光る両目で理解()る。

 

「お前が、本命か。一人でここまでご苦労様だ」


 最奥に感じる気配はここまで襲ってきた怪物達に比べても遥かに濃い。

 獲物を牙にかけ、その中身を簒奪せんとする凶暴な存在。

 そして、獲物を主人に捧げんとする信仰。

 元は人であったろうソレの意味を読み解く。

 憎悪、怒りに始まる殺戮。

 壊れた知性の成した歪んだ信奉。

 意味を得て、ソレのみに執着する命を()

 その全てへの答えを私はただ一言だけに込めて吐き出す。

 

「───────気色悪い」

 


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