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6/想起 3

 日が落ちて間も無い頃。

 今日は熱帯夜だと肩を落として俺は一人、帰路を進む。

 喫茶店に二時間ほど世話になって出た頃にはもう午後七時半を回っていた。

 

「綾はもう帰ってるかな」

 

 そんな、どうでもいい。

 けれどいつも通りの思考を口に出す。

 気付けば俺の手にはビニール袋が一つ、ぶら下がっている。

 中にはアイスが二つ。

 冷たいアイスはビニール袋の底に湿気を結露させた水を溜めている。

 帰る頃にはきっとこのアイスはすっかり変形しているだろう。

 

「また、文句言われるな」

 

 月はすっかり頭上で青々と輝いていて、街を見下ろしながら熱帯夜だと言うのに、半身を雲で覆って優雅に浮かぶ。

 しばらく歩くと、視界の先には一般住宅に挟まれるように建つ一軒の屋敷に辿り着く。

 表札には“現見”という二文字が達筆な文字で彫られている。

 綾の自宅であり、真也の親しんだ場所の一つでもある。

 親しんだと言っても、彼女に家政婦じみたことを頼まれる事が頻繁にあったからだ。

 

「入るよ」

 

 俺は合鍵で屋敷に取り付けられた鍵を一周回し、スライド式の扉をガラガラと音を立てて開く。

 ─────返事がない。

 いつもなら綾の気の抜けた返事が返ってくる所なのだが。

 それに、家の中は電気が着いていなかった。

 

「あれ、留守かな?」

 

 時折ある事だが、彼女は夜から朝方まで家を離れる事がある。

 靴を脱ぎ、框を踏み越えて家に上がるもやはりそこには誰もいない。

 玄関の先は、俺が一人暮らしをしているアパート一室分の客間、それに隣接する同サイズかそれ以上のダイニングとキッチンがある。

 いつもは客間のソファに腰を掛け、長机に大量の本を広げては難しい顔をしている綾の姿は無かった。

 ただ、読みかけの栞の挟まれた本が一冊、持ち主を待って置かれているだけ。

 

「これ恋愛小説、か?」

 

 チラリと表紙を見ると、男女が見つめ合う何とも甘酸っぱい絵が描かれている。

 持ち上げて見た背表紙にはタイトルの下に四という数字が書かれているのでシリーズ物なのだろう。

 いつも小難しい本ばかりを読む彼女にしては珍しいと思いつつ、元の場所に本を戻す。

 

「さて、家主はいないが仕方ない。ご飯でも作って待っていようか」

 

 俺はキッチンに入り、持っていたアイスの入ったビニール袋を冷凍庫に突っ込んで夕食の準備に取り掛かる。

 冷凍庫を閉め、上部の冷蔵庫を開くと、中央の棚にある大量の栄養ゼリーの山が目に入る。

 彼女は自身の健康を度外視に栄養さえ取れればいいと、こうして簡易栄養食を好む。

 日に一度しか口に物を入れないか、間食で誤魔化すような生活をしている。

 

「だからこうしているのもあるけど」

 

 冷蔵庫から晩飯の材料を見繕ってキッチンに並べて調理に取り掛かる。

 時刻は午後八時と少し。

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