2/想起
「大河さん、受け取って来ましたよ」
「おお、ごめんね真也くん。…………うん、足りてるね」
俺のバイト先の上司は満足げに頷いて封筒を鍵付きのデスクの引き出しに入れた。
三剛探偵事務所を経営している彼、三剛大河はある出来事から俺を助手として雇い受けることになった。
「それにしても残念なことになったね」
「まさか捜索対象が全員とは思いませんでしたよ」
「そうだね。とはいえ、起こったことは仕方ないさ」
大河さんは箱入りのタバコから一本器用にそこを叩いて取り出し、火を付けて吸い始める。
白い紙を赤い火の粉が駆け上がり、燃え滓【カス】は灰色になってぶら下がっている。
半ばまで吸ったタバコを灰皿にむけてトントンと揺らして灰を落とす。
「警察はどうしてるんです?」
「さぁね。事は片付いた後だから今は犯人探しでてんてこ舞いだろうね」
「その割には見かけませんね」
確かにね、と大河さんは返して椅子に深く腰を据えて天井に向かって紫煙を吐き出す。
広がる煙は雲のように広がり霧散する。
「彼らなりの事情があるんだろう。あ、コーヒー淹れてくれる?タバコ吸ってると欲しくなるんだよね」
申し訳なさそうに笑う大河に分かりましたとだけ言って隣室に向かう。
入った部屋は昼だというのに暗くて湿っぽい。
「確かここらへんに」
カチッとスイッチを切り替えて蛍光灯をつける。
何度かの明滅の後、蛍光灯は部屋を白く映し出した。
大河さんはコーヒーの種類を何でもいいと言うが、何だかんだ味にはうるさい所がある。
これもここ数ヶ月の仕事の成果とも言えるだろうか。
使い古したカップの底には焦茶色のコーヒーの跡がこびり着き、カップそのものからコーヒーの香りがする。
「さて、お湯が沸くまでどうするか」
何気なく呟く。
独り言は誰に憚れる事なく静かに消えた。
その時、ポケットに入れていた携帯が震えて通知音鳴らす。
高校の二年の頃にバイトで貯めたお金を注ぎ込んだ相棒はすっかり塗装も剥げかけている。
「綾から?」
携帯を開くと、差出人の欄に現見綾と銘打たれたメールが一件来ていた。
メールにはただ一文、“今からそっち行く”とだけ書かれている。
「はいはい、用意しておくさ」
俺はもう一つ、客用のマグカップを棚から取り出して銀色の台所に置く。
綾の好みは紅茶だったか。
戸棚の中にポツンと置かれたティーパックを手に取り無造作にマグカップに放り込む。
そうしている内に湯が沸いたことを薬缶が知らせる。
熱い蒸気を口から流す薬缶をそっと取り上げ、コーヒーと紅茶のそれぞれのコップに湯を入れる。
「メールからして、もうすぐかな」
俺は二つのコップを両手に持ち、部屋を出る。
と同時に綾が事務所のドアを開けて入り、どかっとソファに腰を落とす。
何やら気に食わないことでもあったらしい。
「機嫌悪いね」
「別に、悪かない」
明らかに機嫌が悪い。
顔を顰めているのがその証拠だ。
「ほら、紅茶だろ?」
「ああ、ありがと」
ぶっきらぼうな感謝の言葉と同時に俺の持っていたマグカップを受け取り、口につける。
一口飲むと、何やら不満げな顔をしてそれきり彼女はカップを机に置いて茶菓子を手に取っていた。
「コーヒー、できましたよ」
「ああ、すまないね。ふぅ、真也くんの淹れるコーヒーは美味しいよ」
大河さんはコーヒーを一口飲んで深く腰をキャスター付きの椅子に押し込む。
「───────大河、分かってて関わらせたのか?」
茶菓子を口に運ぶ手を止めて綾が大河さんに話しかける。
「何がだい?」
「しらばっくれるなよ」
「…………ごめんね。でも真也くんの性格は探し物をする時に凄くありがたいから。とはいえこれ以上は踏み込ませないよ」
「当たり前だ」
俺は何を話しているのか訳が分からず、綾と大河さんの間で直立不動を保つ。
ただ、綾が不機嫌な理由を話していて、それに俺が絡んでいるという事だけはわかった。
「で、どうするんだ?」
「うーん、どうするも何もね。今回の事は君の案件だろうし」
「知ってる。だからどうしたいかを聞いてるんだ」
二人の視線がぶつかる。
紫電を放つのでは無いのかと思える程に拮抗する意志のぶつかり合い。
「………少し良い?」
龍虎の対面のような空気感に耐えかねた俺がか細い声を上げ、それに大河さんが答える。
「なんだい?真也くん」
「さっきから何の話を?」
「ああ、ほら今回の依頼のことだよ」
「行方不明者探しの?」
「そうそう。それで彼らの行方はわかったじゃない?」
「ええ、まぁ。─────全員が死体、でしたけど」
死体。
というにはあまりにも原型の無い代物を思い出して気分が悪くなる。
赤い水たまり、油を纏ったようにテラテラと光る砕けた白、散らばった肢体、鼻を突く強烈な生臭さ。
つい昨日、自分で見た光景。
その凄惨さは言うまでもない。
「嫌なことを思い出させたね」
「─────いいえ。ただ、依頼人には申し訳ないことをしたと」
「気に病む事は無いさ。君は見つけた。それだけで十分だ」
「そう、ですかね」
息を整える。
忘れろ、思い出したところで意味はない。
そう自分に言い聞かせて平静を保つ。
「他の数名も同じような状況だったそうだね。今朝のニュースで見たよ」
「ええ、あの人以外は警察が発見したそうですが」
俺は気疲れからだろうか、足に力が入らなくなった。
ゆっくりとソファに座り、天井を見上げる。
右腕を顔に置き、頭を冷ます。
しかし、やはりあの光景だけは焼き付いて離れない。
─────────アレは、人の死に方じゃない。




