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11/優樹残響

私は真っ白な病室のベッドで跳ね起きた。

心臓を、確かめる。

───────有る。

ちゃんとある。

次に、腹を撫でた。

──────────無い。

あったはずの物が、無い。


「あ、ああ、ああああ」


それを知覚すると、私はとめど無い涙を瞼から溢しながら唇を噛む。


ごめんなさい。

ごめんなさい。

ごめんなさい。

ごめんなさい。


理不尽と、恐怖と、喪失感に私は泣くしかなかったのだ。

願いは敗れ、重さを忘れた私の体。

ただ、覚えているが実感の無い十六年の日々を追想する。

父と、母と、兄と、友人との思い出。

しかし、その全てが誰とも知れぬ、かつての私自身が積み上げたもので。

ならば、今の私は誰だろう。

抱えた全てに虚無が宿って、意味を探れど空白しか積めないのに。

眠りに揺蕩う私の夢の中で木霊した初めの声は兄だった。

次に、男の声があった。

また、男、男、男。

私の中に声が増えて行った。

その全ては願いを叫んでいた。

苦痛で、悲観で、狂気で、貪欲で、無謀な。

願いだった。

私と同じだ。

空白な私に注がれた全てを、私は飲み下していった。

全てを傍観し、収集し続け、満たされることを望んでいた。


──────────ああ、なんて浅ましい。


涙は枯れて、腫れた目元が赤くなる。

熱を帯びているはずなのに、私にはそれを感じれない。

その時、コンコンと病室の扉がノックされた。

私はせめて、この思いを誰にも悟られぬようにと目元を拭って精一杯返事をする。


「………………はい、どうぞ」

「失礼するよ」


優しい声がした。

包み込むようで、安心する。

病室の扉が開く。

入ってきたのは一人の青年。

以前の私の記憶からか、私は身構える。

しかし、彼の立ち姿と、そのチグハグな頭部に私は何故か警戒を解いてしまった。


「初めまして、で良いかな。寝ている君には会った事あるけど。僕は境真也、よろしくね」


柔和な笑みを浮かべる青年に私は少し呆然としてしまった。

だって、あまりに似合わないから。

吊り目気味な彼の目に、その下ろした髪型は、まるで狼が鹿の真似でもしているようだった。


「実は君のことを学校で聞いたんだ。事件のこと」

「ああ、あの事ですね」

「気分を害するだろうけど、良ければ聞かせて欲しい。君の事を」


優しい言葉。

彼の言葉は心の底からの物だ。

あの夢を体験してから得た特技で私は見抜けた。

下心の無い。

ただ、言葉通りに彼は在る。

この、ほんの短い一生で見た最も美しい物に入るほどに純粋だった。


「そう、ですね。私自身について、ですか」


言い淀む。

だって、何も無いのに何かを語れと言われているような無茶だから。

でも、ただ一つだけ言えるとすれば───────────


「私は、謝りたいです」


そう、きっと、謝りたいだけだ。

その為に私が居る。

以前の私からその席を奪った私の罪。

兄、宮水優樹の暴走を傍観し、多くの人の願い【こえ】を搾取し続けた私のあり方に。


「謝る、か。それは罪悪感からかい?」

「ええ、きっと」


私は目を伏せて彼の投げる合いの手に乗る。

心地の良い雨音のような彼の声は、私の内側に温かく広がって行く。


「君のお兄さんは、君を大切な存在だと僕に聞かせてくれたよ」

「それは、少し恥ずかしいですね」

「君に会いに来た時に彼と会ったけど、いいお兄さんだね」

「そう、ですね。兄さんは優しい人だったから」

「そうだね。だからこそ君は、そのお兄さんの行動を背負いたいんだろう?」


───────ああ、そうだ。その通りだ。私はあの人を、兄の願いを、憎しみを背負いたいのだ。

空虚な私に意味があるとすれば、それしかない。


「ありがとう、真也さん」

「どういたしまして」


彼の微笑みに、私も微笑みで返す。

この人の温もりに、私は救われた。

だから、どうしようもなく…………………彼に焦がれてしまう自分がいた。

一体、どれほど話したろうか、彼が立ち上がるまで私はずっと話していた気がする。


「─────────さて、そろそろ僕は行くよ。それじゃあね」

「え?あ、もうこんな時間に」


時計を見ればもう二時間経っていた。

長い時間。

けれど、とても短い時間。

名残惜しいと彼の服の裾を掴みたかったけれど、私にその資格はないと手を引っ込める。


「あの、今日はありがとうございます」

「うん。またね」


そんな、月並みで、身勝手な願いに彼はやはり笑顔で答えた。

それだけで、私は満たされる。

だって、次があるのだから。


これで、久遠の声第一章残響幽鬼はおしまいです。

ここまで見て頂き、有難うございます。

ご感想など是非、お聞かせ下されば幸いです。

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