12/エピローグ
「今回もありがとうね」
間の抜けた声を上げる大河さんは、椅子に背中を精一杯預けて受話器に耳を当てる。
電話の相手はおそらく綾だろう。
俺は大河さんに渡された書類の処理をしながらそれとなく耳をそばだてた。
ああ、ああ、と生返事をするだけの大我さんからは全く話の内容を察せずに時計の針だけが進む。
「そう、ならいいんだ。術式の検討はついたかい?…………………瓶、か。瓶で人を液状に、ねぇ。………………ああ、はいはい、大体わかったよ」
“瓶”という言葉が引っかかる。
瓶で一体、どうやって液状にするというのだろう。
「考えても仕方ないか」
この手の超常に関することは非有識者である俺が思考を巡らせたとて意味は無い。
「じゃあ、ありがとうね。料金は後で口座に振り込んでおくから」
そう言って、大河さんは受話器を元の位置に戻す。
「それで、綾は何て言ってました?」
処理を終えた紙の山を抱えて大河さんの机に置く。
「人使いが荒いと文句を言われたよ」
ため息を漏らしながら、大河さんは口にタバコを咥える。
「今の話、ヘドロの件ですか?」
「うん、そうだね。その事後処理って言った方がいいかな」
「事後処理?さっき瓶とか言ってましたけど、関係ありますよね?」
「そう。おじさんの予測では羊脂玉浄瓶のアレンジ品と睨んでるんだけどね」
得意げに語る大河さんは、缶コーヒーの空缶に灰をトントンと砕き落とす。
「というと、西遊記の金角銀角兄弟の宝物の?」
「よく知ってるね。しかし、一介の男子高校生がそんな物を持っているとは奇妙だ」
「男子高校生って、宮水優樹君のことですよね」
「正解。君が宮水愛梨と人探しの依頼の対象者とを結んで追いかけてくれたお陰さ」
燻る紫煙は緩やかに天井に溜まり、霧散していく。
「いえ、勝手にやったことですから。それはそうと、生きたまま捜索対象を発見は出来ませんでしたが。これも、因果応報ってやつですかね」
「はは、同感」
大河さんの冷たさの残る笑いは少しだけ俺の耳に反響した。
「その、西遊記に出てくる不思議な瓶で殺害されたってことで良いんですか?」
「正確には廉価版の改造品だろうけどね。」
「そう、ですか。宮水優樹がヘドロ事件の犯人なんです?」
「まぁ、そうだろうね」
そうして、また事務所は時計の針が時を刻む音と、コピー機の駆動音が静かに唸るだけの空間に戻った。
◇
───────八月十日正午。
夏の日差しが真っ盛り。
コンクリートは鉄板のように熱されて、足の裏を焦がしそうだ。
そんな、殺人的な猛暑にあって、街の中で人だかりが出来ていた。
そこには、池が一つ出来ていた。
浮かぶ長い糸が揺蕩って、陽光を反射している。
「大河さん、あのヘドロ、またですよ。結局なんでヘドロになるんでしょうね」
「そうだねぇ」
暑さのせいか、隣を歩く真也の声にてきとうな返事をする大河。
「………………そういえば、真也くん。愛梨さんに会いに行ったかい?」
「……………………誰でしたっけ、ソレ」
「ああ、いやなんでも無い。ヘドロの件だったね。人間は中身が必要な物だからね。中身を失えば枠だけが残ってあんなふうになるんでしょ」
「その、中身というのは?」
「執着、とかかな。願いとも言える」
他愛無い、いつもの会話。
コンビニで買ったガリガリ君ソーダ味の冷たさが太腿辺りを冷やす。
「人は中身に埋められない物を見つけた時にソレを他から得ようとするものだ。だから、欠けたものを埋めるために奔走するのは人の性なんだよ」
説教臭い大河の言葉を真面目に聞く真也は歩調を合わせて並んで歩く。
二人の姿はどんどんと人の群れから、池から離れて行った。




