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私、 転生して路傍の石になっちゃいました。 ~石から始まる、底辺騎士爵の娘の受動的英雄譚。なぜか放っておいてもらえません~  作者: 大童好嬉


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第50話 秋:タツィオと遊ぶ04

タツィオの言葉は、もっともだった。

柿は渋い――それは、この村の誰もが疑いようもなく知っている事実であり、だからこそわざわざ口にする必要すらない常識でもある。


だがアルフィは、その常識に対して、小さく首を振った。

あのとき――石雪に埋もれ、息が途切れ、意識がどこか遠くへ沈んでいったあの瞬間。

冷たさも、苦しさも、すべてが曖昧に溶けていく中で、確かに何かが重なり合った感覚があった。

自分ではない何かと、自分が一瞬だけ交わり、そしてまた切り離されたような、言葉にすれば壊れてしまいそうな感触。


目を覚ましたときには、その大半は失われていたが、それでもなお、欠片のようなものだけが残っている。

見たことのないものを見たとき。触れたことのないものに触れたとき。

理由もなく――ただ「こうすればいい」と分かる瞬間がある。

それは思考というよりも、もっと深いところから湧き上がる確信だった。

今、目の前にある柿も、その一つだった。


「ねぇ、タツィオ」

アルフィは枝の上の実を見上げながら言う。その声は穏やかだが、どこか芯のある響きを帯びていた。

「もしかしたら……これ、すごく甘いものになるかもしれないよ。お菓子みたいに」

言葉が落ちた瞬間、空気が変わる。ほんのわずかだが、確かに。

タツィオの目が見開かれ、次の瞬間には明らかな期待の色が宿る。リーナもまた、小さく息を呑み、視線を柿へと向けた。橙色の実は、秋の光を受けて柔らかく輝いている。

「……ほんとに?」

疑いは残っている。だが、それ以上に――知りたい、という気持ちが勝っていた。

「うん。やってみないと分からないけど」

アルフィは肩をすくめるように言う。あえて断言はしない。

だが、その曖昧さが、逆に現実味を帯びていた。


「失敗しても、ただ食べられないだけ。でも、もし成功したら……自分たちで甘いものが作れるってことになるんだよ?」

その一言で、タツィオの表情が決まる。

「よし、やろう!」

即答だった。迷いはもうない。リーナも静かに頷き、柿の木を見上げる。

その瞳には、ささやかな期待と、少しのわくわくが宿っていた。

誰が登るか――アルフィが提案する。

「じゃあ、決めよう。じゃんけんで」

「じゃんけん?」

タツィオが首を傾げ、リーナも同じように小さく首を傾ける。


その反応に、アルフィは一瞬だけ言葉を止めた。確かに、この世界でそれを見たことはない。

それでも、手は自然に動いた。

「こうやって三つの形を出すんだ。石と、刃物と、布。それぞれ強い相手と弱い相手があって――」

説明しながら、胸の奥にかすかな違和感がよぎる。知っている。

だが、どこで覚えたのかが分からない。それでも、言葉は淀みなく続いた。


やがて構えて、アルフィとタツィオが向き合う。

「負けた方が木を登る。いいよね?」

そう言って掛け声を出す。

「せーのっ……じゃんけんぽい!」

出された手は、アルフィがチョキ、タツィオもチョキ――そして、横からひょいと伸びた小さな手。リーナがグーを出していた。

「やった……!」

控えめではあったが、確かな喜びが声となって零れた。

自分の手が勝ちの形になっている――その単純な事実が、胸の奥で小さく弾けたような感覚を生み、思わず声が漏れてしまったのだ。


だがその直後、アルフィとタツィオが同時に顔を見合わせる。

言葉にするより先に、わずかな困惑が二人の間を行き来した。

「リーナ、それじゃ決まらないよ」

タツィオが苦笑混じりに言う。その声音に責める色はないが、状況がずれていることだけははっきりと示していた。

リーナはきょとんと目を瞬かせる。なぜそう言われたのかが、すぐには結びつかなかったのだ。

つい先ほど教えてもらったばかりの“じゃんけん”という遊び――それが楽しくて、掛け声と同時に体が先に動いていた。考えるよりも先に、手が出ていた。


自分の握った手を見る。勝っているはずの形。それなのに、二人は困った顔をしている。

そこで、ふと――思い出す。

ああ、そうだ……。誰が木に登るかを決めるためのものだった。

視線がゆっくりと上がり、アルフィとタツィオを見る。二人は自分を見ている。その意味を、ようやく理解する。

「……ぁ……」

小さく息が漏れる。自分が混ざったことで、決められなくなってしまったのだと気づいた瞬間だった。


嬉しかった気持ちが、少しだけしぼむ。仲間外れにされたわけではない。むしろ一緒に教えてもらっている最中で、自然に混ざっただけだ。

それでも――ほんの少しだけ、自分もその中に入りたかったのだと気づく。

じゃんけんをする、という行為そのものに。

だが、ふとアルフィの姿を見る。今日は乗馬ズボンだ。動きやすく、木登りも問題なくできる装い。


それでもなお、最初に自分が登る役ではないと、どこかで無意識に思い込んでいたことに、リーナは気づけないままだった。

「……ごめんなさぃ」

小さくそう言って、手を引いた。肩がわずかに落ち、視線もほんの少しだけ下がる。

タツィオは軽く肩をすくめる。

「いや、いいよ。ただ、これだと決まらないからさ」

アルフィもやわらかく続ける。


「今度は見ててね。あとで三人でもう一度じゃんけんしよう」

その言葉に、リーナは少しだけ顔を上げる。まだ少し名残はあるが、それでも小さく頷いた。

「……うん」

今度は手を出さず、二人のじゃんけんを見守る。ほんの少しだけ距離を取りながらも、同じ場所にいるまま――リーナは二人の手の動きをじっと見つめていた。


その様子に、アルフィは小さく息を吐いて笑う。

「今度は見ててね。あとで一緒にやろう」

そう言ってから、もう一度。今度は二人だけで向き合う。

結果――負けたのはアルフィだった。


「じゃあ、私が行くね」

軽く言って、木の幹に手をかける。今日は裾の広がらない乗馬ズボンだ。

足の動きを妨げるものはなく、指先に力を込めれば、そのまま登れるはずだった。

だが、いざ近くで見ると高さは思った以上にある。最初の枝分かれまでが遠く、足をかける場所もわずかしかない。試しに体を引き上げるが、指先が滑り、思うように力が乗らない。


「ちょっと待って!」

タツィオがすぐに動き、アルフィの腰を支える。リーナも後ろから押し上げる。

三人分の力が重なり、ようやく体が浮いた。

枝に腕をかけた瞬間、ざらりとした樹皮が掌に食い込み、確かな手応えを返す。


そこから先は、一人だった。

足場を探りながら、ゆっくりと登る。

乗馬ズボンのおかげで膝も自由に使え、幹に身体を預ける動きも安定している。枝に腰をかけたとき、ようやく視界が開けた。風が少し強くなり、葉がざわりと揺れる。

見下ろせば、タツィオとリーナが小さく見え、そのさらに向こうには門の櫓――そして、そこからこちらを見ているシアズの姿も確認できた。


ちゃんと見えている。その距離が、境界の内側にいるという安心を静かに支えていた。

アルフィは息を整え、腰のポケットから布で巻いた小さな刃物を取り出す。刃は少し欠けているが、使えないほどではない。

大きく実った柿を選び、茎を少し長めに残すように慎重に切り落とす。無駄なく、確実に。


刃物が貴重であるという意識は、自然と手の動きに現れていた。

「落とすよ!」

声を張ると、下で二人がすぐに構える。タツィオは両手を広げ、リーナはスカートの裾をそっと持ち上げて受け止める姿勢を取る。


一つ――また一つ。

柿が枝から離れ、ゆっくりと落ちていく。

受け止めるたびにタツィオが笑い、リーナがそれを大事そうに抱える。その繰り返しは単純で、それでも確かな楽しさがあった。

やがて数は増え、地面には橙色の実が点々と広がる。

十分だと判断し、アルフィは慎重に降り始める。

登るときよりも足場が見える分、動きは滑らかだった。枝から枝へと体を移し、最後は軽く地へと降りる。


足が地面に着いた瞬間、三人は自然と顔を見合わせた。

そして周囲を見渡す。

多い。明らかに持ちきれない。

「……どうする?」

タツィオが笑い混じりに言う。

アルフィは背中の籠を下ろし、口を開ける。

「これ使おう」

次々と柿を拾い、籠に入れていく。やがて中はいっぱいになり、橙色の実が静かに揺れた。

手に持つ分も合わせれば、四十に届くかどうかという量になる。


ずっしりとした重みが、腕から肩へとじわりと伝わる。柿同士が触れ合うたび、かすかな音が鳴り、それがこれからの“試み”を静かに予感させていた。

「うまくいくかな」

タツィオが足元の影を踏みながら呟く。期待と不安が入り混じった声だった。


アルフィはそれを横目に受け、ほんの少し口元を緩める。

「やってみれば分かるよ」

軽い言葉。それでも、奥には理由のない確信があった。

三人は並んで歩き出す。秋の空気は澄み、踏み固められた道は乾いて歩きやすい。

籠の重みさえ、どこか心地よく感じられる。


しばらくして、タツィオが思い出したように言う。

「なぁ、さっきのやつ、もう一回やろうぜ」

「じゃんけん?」

リーナがすぐに反応し、ぱっと表情を明るくする。

「うん、今度は勝ち負けだけでさ」

アルフィも頷き、籠を少し持ち直す。


「いいよ。じゃあ、せーので」

三人は歩きながら手を構える。

「せーのっ、じゃんけんぽい!」

同時に手が出る。

「……あ、またリーナかよ!」

タツィオが声を上げる。リーナは小さく笑いながら、自分の手を見つめている。

「……やった」

控えめな喜び。それでも確かな手応え。


もう一度、歩きながら。

「せーのっ――」

「また!?」

タツィオが肩を落とし、アルフィも苦笑する。リーナがまた勝っていた。

何度か繰り返すうちに、結果ははっきりしてくる。

リーナがほとんど勝ち続け、タツィオが時折勝ち――そして。

「……また負けた」

アルフィがぼそりと呟く。自分の手を見て、わずかに眉を寄せる。


「アルフィ、弱すぎないか?」

タツィオが遠慮なく言い、リーナも首を傾げる。

「……アルフィ、ぜんぜん勝たないね」

悪気のない言葉が、妙に胸に刺さる。


アルフィは小さく息を吐き、肩の力を抜いた。

「……なんとなくだけど」

そう前置きして、少しだけ空を見上げる。

「これからは、勝負事はあんまりやらないほうがいい気がしてきた」

半分冗談で、半分本気だった。


その言葉にタツィオが笑い、リーナもくすくすと笑う。三人の間に柔らかな空気が戻る。

そうして笑いながら歩くうちに、門が近づいてくる。

見上げれば櫓の上にはシアズの姿があり、変わらずこちらを見守っていた。

三人は自然と足を速める。

そしてそのまま、笑い声を残しながら門の内へと戻っていった。



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