第49話 秋:タツィオと遊ぶ03
門をくぐり、外へと足を踏み出した瞬間、背後から差し込む朝の光が、三人の影を長く、細く、大地の上へと引き延ばした。
夜の名残をわずかに残した空気はひんやりと澄み、吐く息がかすかに白く滲む。
まだ低い位置にある陽は柔らかく、だが確かに一日の始まりを告げる強さを帯びていた。
視線を前へ向ければ、道はゆるやかな起伏を描きながら森へと続いている。
その先には、まだ朝靄が薄く残り、木々の輪郭をぼかしながら、淡い白の層を重ねていた。
近づけば消えてしまいそうな、頼りない幕。
それでも、その向こうに何があるのかを完全には見せないその曖昧さが、かえってこの先の距離を感じさせる。
ふと、アルフィが振り返る。
視線の先、櫓の上に立つシアズの姿が小さく見えた。
槍を手に、身じろぎもせず、ただじっとこちらを見守っている。
朝の光を背に受けたその影は黒く引き締まり、輪郭だけが浮かび上がるようだった。
その姿は頼もしい。
だが同時に、この村がまだ決して盤石ではないという事実を、静かに物語ってもいる。
守る者がいるということは、守らねばならない何かがあるということだからだ。
アルフィが軽く手を上げると、シアズもわずかに腕を動かして応じた。
そのささやかなやり取りだけで、三人の間に張り詰めていた何かが、ふっと緩む。
言葉はない。それでも十分だった。
さらに数歩進み、もう一度振り返る。距離は確かに開いている。
それでも、まだ顔の向きが分かる程度には姿が見える。
その事実が、境界の内側にいるという安心を、かろうじて繋ぎ止めていた。
見えなくなった瞬間、きっとそれは切れるのだろうと、誰もがなんとなく理解していた。
やがて道の脇に、一際大きく枝を広げた柿の木が現れる。
幹は太く、長い年月を経た証のように深く割れた樹皮が重なり合い、ところどころ白く風化している。
節くれだった枝は四方へと伸び、重みに耐えるようにわずかにしなりながら、その先にいくつもの実を抱えていた。
橙色の柿は、朝の光を受けて鈍く艶を帯びている。
だが、よく見ればその色はまだどこか硬く、完全に熟しきってはいない。風が吹くたび、葉が擦れ合い、かさり、と乾いた音を立てる。
枝先の実がゆらりと揺れ、その重みを静かに主張していた。
見た目だけなら、十分に美味しそうに見える。
それでも、この村の誰も、この木に手を伸ばそうとはしない。その理由を知っているからだ。
アルフィはしばらく無言でその木を見上げていたが、やがて口を開いた。
「ねぇ、今日はあの柿で試してみようと思うんだ」
その声音は穏やかでありながら、どこか芯のある響きを含んでいた。
ただの思いつきではない、そんな確信が滲んでいる。
「この柿を取って、皮を剥いて……干してみるんだ。軒下に吊るして、しばらく置いておけば……食べられるようになるか、試してみたい」
言葉を重ねながらも、理由を問われれば明確には答えられない。
だが、胸の奥にある“知っている”という感覚だけが、確かに背を押していた。
タツィオは眉をひそめ、柿を見上げる。
「いや……見た目はいいけどさ。これ、食べると口の中が変になるやつだろ。無理だって。前に無理やり食べた人が言ってたよ。なんか、こう……きゅってなるっていうか……」
少し言い淀み、それから付け足すように言う。
「うんこも出にくくなるって」
その一言に、隣のリーナがぴくりと肩を揺らし、顔を赤くする。
視線を逸らしながら、何も言わずに足元を見つめた。
もっともだ、とアルフィも思う。この村で、この柿は「食べられないもの」として扱われている。
理由もなく避けられているわけではない。実際に食べて、苦い思いをした者がいるからこそだ。
だが――アルフィは、もう一度枝先を見上げる。
よく見ると、いくつかの実には小さな傷があった。
鳥に啄まれた跡だ。皮が破れ、わずかに中身が覗いている。
もし本当に“どうしようもなく不味い”のなら、最初から近づきもしないはずだ。
風が吹き、実が揺れる。橙の中に、どこか柔らかさを感じる色が混じっているように見えた。
――きっと。
渋みが抜ければ、食べられる。いや、それだけじゃない。
きっと、美味しくなる。
言葉にできない確信が、胸の奥で静かに形を成していた。




