第48話 秋:タツィオと遊ぶ02
タツィオは、店の奥に漂うかすかな重さなどまるで意に介さぬように、三人の姿を認めた瞬間、ぱっと顔を綻ばせた。
短く弾む声は、いつもの調子そのままで、店の空気を一息に軽くする。
子供の世界は単純で、だからこそ濁りがない。
その無邪気さが、この場所には確かな救いとして存在していた。
「妹、見るか?」
そう言って奥へと案内されると、薄暗い室内の隅、柔らかな布に包まれて小さな命が眠っていた。
まだ生まれて間もないのだろう、肌はほんのりと赤みを帯び、呼吸に合わせて胸がかすかに上下している。
その存在はあまりにも儚く、触れれば壊れてしまいそうで、アルフィは思わず一歩距離を取った。
対してリーナは、目を丸くしてその小さな顔を覗き込んでいる。
指先をそっと近づけ、しかし触れることはせず、ただじっと見つめる。
その様子に気づいたタツィオの母、オーリスが穏やかに微笑んだ。
「抱っこしてみるかい?」
その言葉に、リーナは一瞬だけ戸惑い、それから小さく頷いた。
差し出された赤子を、恐る恐る、それでも丁寧に腕の中へと迎え入れる。
まだぎこちない抱き方ではあったが、その手つきは驚くほど優しかった。
「……あったかい」
ぽつりと漏れた声には、驚きと喜びが混じっている。少しして、ふっと頬を緩めると、
「なんか……お乳の匂いがする」
そう呟きながら、そっと揺らしてみる。
しかし次の瞬間、赤子は小さく顔をしかめ、やがてぐずり声を上げた。
「あ……」
リーナの表情がわずかに曇る。
すぐにオーリスが手を差し出し、慣れた動きで赤子を受け取ると、その泣き声は不思議なほどあっさりと収まった。
「まだ慣れてないだけさ」
穏やかな声でそう言いながら、赤子の背を優しく撫でる。
リーナは少しだけ唇を結び、それから真っ直ぐに顔を上げた。
「また……抱っこさせてください。今度は、泣かないように」
その言葉に、オーリスはくすりと笑う。
「いつでもいいよ。あの子も、そのうち慣れるさ」
そのやり取りを見ていたアルフィは、胸の奥に言葉にしづらい感覚を覚えながら、ただ静かにその光景を見つめていた。
温もりというものが、こうして形を持つのかと、どこか遠くで理解するような、不思議な感覚だった。
やがて三人は店先へと戻り、ひとしきり言葉を交わした後、外へ出ることにした。
扉を開けると、昼の光が差し込み、店内の薄暗さを一気に押し流す。
外の空気は乾いており、風は穏やかで、どこか冷たさを含んでいた。
秋が確かに深まっているのだと、肌が先に理解する。
ステラからの言いつけは、三人の中にしっかりと根付いている。
門の外へ出てもいい。ただし、百歩以上は離れてはいけない。
それは単なる約束ではなく、今この状況では命を守るための線だ。
アバルトもナパールも不在、従者の大半も連れて行かれ、この領の守りは明らかに薄くなっている。
その事実を、子供たちですら理解している。
だからこそ、無茶はしない。踏み越えてはいけない境界を、自分たちで守る。
三人は自然と歩調を合わせ、門へと向かう。
踏み固められた道を進むにつれ、村の喧騒が背に遠ざかり、代わりに開けた空の気配が前方に広がっていく。
やがて石積みの門が見えてくる。
簡素だが堅牢なその構えの上には、見張りのための櫓があり、そこに一人の影が立っていた。
シアズだ。
槍を手に、外套の裾を風に揺らしながら、じっと周囲を見渡している。
その姿には、若さに似合わぬ落ち着きと、役目を背負う者の静かな緊張があった。
「おっ、嬢ちゃんたちか。おはよう」
軽く手を上げる仕草は気安いが、言葉にはきちんと礼が込められている。
アルフィは足を止め、正面から向き直る。
「少し門の外で遊びます。でも、シアズさんが見えるところで遊びますね」
短い言葉。しかし、それは約束だった。
シアズは一瞬だけ三人を見つめ、それからゆっくりと頷く。
「助かるよ。今は……慎重なくらいで、ちょうどいいからね」
その言葉の意味を、三人とも理解していた。
門がきしみながら開く。内側にこもっていた空気が流れ出し、外の風が静かに入り込んでくる。
わずかに冷えたその風が頬を撫で、思わず背筋が伸びる。
門の外には、見慣れたはずの景色が広がっている。
踏み固められた土の道、まばらに生えた草、遠くに揺れる木々。だが、そのどれもが、どこか少しだけ遠く感じられた。
三人は顔を見合わせる。
言葉はない。ただ、小さく頷き合う。
そして――
ゆっくりと、一歩を踏み出した。




