第47話 秋:タツィオと遊ぶ01
軍役へと向かった一行の背が、地平の向こうへと溶けるように消えてから、いく日かが過ぎていた。
空は高く澄み、風は穏やかに吹き抜け、村には一見すれば変わらぬ日常が戻っている。
家畜の鳴き声、薪を割る音、遠くで交わされる笑い声――どれも昨日と同じはずなのに、そのすべてを包む空気の奥に、かすかな張り詰めが潜んでいた。
守るべきものは変わらぬまま、守る手だけが減ったという事実が、目に見えぬ重さとなって人々の背にのしかかっている。
その中で、リーナの母シルエイティは休むことなく動き続けていた。
ナパールの不在により、スカリエッティ村の村長代理としての務めを担う彼女は、朝から帳簿を広げては人の出入りを確認し、畑の様子を見に足を運び、時には揉め事の間に立って言葉を調整する。
そして一週間に一度、ボクサー村への報告にこの距離を歩いてくる。
徒歩で数時間、その往復だけでも骨の折れる道のりだが、彼女は疲れを見せることなく、淡々と役目を果たしていた。
その合間を縫うようにして、リーナは時折こちらへやって来る。
母と来る時もあれば、従者の巡回に合わせ、侍女に伴われて現れる時もある。
その姿は、もはや客というよりも帰る者のそれに近い。領館の扉をくぐるときの足取りには遠慮よりも安堵が滲み、ステラもまたそれを自然に受け入れ、娘のように世話を焼いた。
髪を整え、食事に気を配り、ふとした折に抱き寄せる仕草には、血の繋がりを越えた温もりがある。
アルフィにとっても、リーナは一言で言い表せる存在ではなかった。
友と呼ぶには距離が近く、妹とも姉とも違う。
それでも、日々を重ねる中で確かにそこにある関係は、言葉にせずとも形を保ち続けていた。
その日、三人はタツィオの家へと向かっていた。
秋の乾いた風が道の土をさらい、足元でかすかな音を立てる。
なぜかアルフィだけが背に籠を負っており、その姿をリーナは何度かちらりと見上げていたが、問いかけることはしなかった。ただ、その違和感だけが静かに残っている。
やがてタツィオの家が見えてくる。
妹が生まれたばかりで、家の中は慌ただしく、母は赤子につききりだという。
だからこそ、店先には小さな背が一つ、精一杯に役目を果たそうと立っているはずだった。
近づくにつれ、乾いた木の匂いに混じって、穀物や油の匂いが鼻腔をくすぐる。
扉の隙間からは少し薄暗い室内と、棚に並ぶ品の影がぼんやりと見えた。押し開ければ、きしむ音とともに、生活そのものを積み上げたような空間が現れる。
粗削りの棚には、この地の暮らしを支える品々が並んでいる。
袋に詰められた塩、畳まれた麻布、束ねられた糸と針、量り売りの穀物、脂の匂いを含んだろうそく。
刃こぼれを隠そうともしないナイフや鎌が無造作に置かれ、その脇にはエルガミオの編んだ籠がいくつも重ねられている。
どれも飾り気はないが、ここにあるものが欠ければ、この村の暮らしはすぐに歪む――そんな現実が、静かに棚に並んでいた。
「いらっしゃい……って、アルフィたちか」
奥から顔を出したタツィオは、どこか誇らしげに胸を張りながらも、まだ手つきには不慣れさが残る。
品を整える仕草もどこかぎこちなく、その背伸びした様子がかえって年相応の幼さを浮かび上がらせていた。
その少し後ろ、壁に寄りかかるようにして立っているのがステルビオだった。
腕を組み、半ば気だるげに視線を流しながらも、その目は時折アルフィへと向けられる。
わずかに細められた瞳には、露骨ではないにせよ、測るような色が滲んでいた。
「お嬢ちゃんも来るとはな。今日は遊びか?」
柔らかな声色の奥に、軽くはない何かが混じる。
灰色の髪と瞳――この地では異質とされる色を、無意識に値踏みしているのが伝わってくる。
アルフィはそれを受け止めながらも、顔色一つ変えなかった。
「うん、タツィオを誘いに来たの。少し外で遊ぼうと思って」
「そうか。店は俺が見ておく」
短く返す声に、わずかな鋭さが一瞬だけ走る。
しかしそれもすぐに消え、ステルビオは肩をすくめて視線を外した。
露骨な敵意はない。
だが、確かにそこにある小さな歪み――それだけが、この小さな店の空気に、薄い影を落としていた。




