第44話 秋:紅葉狩り04
昼食を終えると、皆で後片付けをして布を軽く払い、再び森の中へと足を踏み入れた。
小山の頂から少し下ったところには、日差しが届きにくい松林が広がっている。
背の高い松がまっすぐ空へ伸び、枝葉は高い位置で広がっているため、林の下は薄暗く、ひときわ静けさが濃かった。
地面には松葉が厚く積もり、歩くとふわりと沈み込むような柔らかな感触がある。
乾いた松脂の匂いが漂い、風が通るたびに枝同士がかすかに擦れ合う音が頭上から降りてくる。
その松葉の間に、ところどころ土を押し上げるようにして、きのこが顔を出していた。
傘は茶色く、すらりとした柄が伸び、いくつもまとまって群生している。
「これ……」
アルフィがしゃがみ込み、そっと覗き込むと、アバルトが腕を組んだまま言った。
「松茸だな」
その言葉に、本来であれば歓声が上がってもおかしくはない。
だが、なぜか大人たちは揃って微妙な顔をしている。
アバルトもパナールも、護衛の若者たちも、眉をひそめたまま松茸を見下ろしていた。
「どうしたの?」
アルフィが首を傾げると、アバルトは苦笑して肩をすくめる。
「食べられるのは食べられるんだがな……この臭いがな」
そう言って一本引き抜き、軽く振って土を落とす。
「軍靴の中の臭いに似てるんだ。だから兵士の間じゃ嫌われてる」
その言葉に、アルフィは思わず松茸を手に取り、そっと匂いを確かめた。
土と森の香りが混ざったような、強く深い香りが鼻を抜ける。
確かに独特だが、アルフィにはむしろ食欲をそそる匂いに感じられた。
だが隣で同じように嗅いだリーナが、すぐに顔をしかめる。
「うっ……!」
慌てて口元を押さえる。
シルエイティも試しに匂いを嗅いだが、すぐに顔を背けた。
「これは……強烈な臭いね……」
リーナは目を潤ませ、小さくえずいている。
吐きそうになったのだろう。ステラも眉をひそめ、わずかに距離を取った。
アルフィはその様子を見て、手にしていた松茸を静かに元の場所へ戻した。
本当は採りたかった。焼けばきっと美味しい――そんな確信めいた感覚があった。
――そのまま焼く。
――土瓶蒸し。
ふと、そんな言葉が浮かぶ。だが「土瓶蒸し」が何なのか、どういう料理なのかは分からない。
輪郭だけがぼんやりと浮かび、すぐに霧の中へ溶けていく。
結局、松茸はそのままにして、一行はさらに奥へと進んだ。
やがて少し開けた場所に出ると、今度はステラがぱっと声を上げた。
「椎茸だわ!」
その声には、先ほどとは明らかに違う喜びがあった。
皆が一斉にそちらへ駆け寄る。
倒れかけた古木や朽ちた切り株に、丸い茶色の傘を持ったきのこがいくつも並んで生えている。
肉厚の傘はしっとりとし、裏のひだは白く整っていた。
「おお……!」
パナールの目の色が変わる。護衛の若者たちも思わず顔をほころばせた。
その様子を見て、アルフィは不思議そうにアバルトを見上げる。
「なんでみんなそんなに喜んでるの?」
アバルトは一本を丁寧に採りながら答えた。
「もちろん食べても美味いがな……本当の価値はそこじゃない」
椎茸を袋に入れ、少し声を落とす。
「乾燥させると長持ちする。それに聖職者たちが好むんだ」
わずかに笑みを浮かべる。
「あの一本で、銅貨二十枚くらいにはなるだろうな」
アルフィは思わず目を丸くした。パン一つが銅貨一枚。
それなら――椎茸一本でパン二十個分だ。
「そんなに?」
「そうだ」
アバルトは頷く。
「だから皆こんな顔になるんだ」
アルフィも急いで近づき、椎茸を一つ丁寧に採る。
傘を傷つけないよう根元を軽くひねると、すっと抜けた。手の中に残る重みが、妙に現実味を帯びている。
周囲では皆が夢中になって採取していた。
袋の中に椎茸が増えるたびに、自然と笑みが広がる。
やがてアバルトが顔を上げた。
「よし、一本だけ焼いて食べるか」
皆の視線が集まる。
「残りは乾燥させて売ろう。ちょうど軍役で街へ行くからな、そのときに捌く」
「それいいわね」
ステラが嬉しそうに頷く。
「そのお金でお土産を買えるわ」
その言葉に、空気が一段と明るくなった。
袋を手に、皆はさらに張り切って椎茸を集め始める。
その様子を見ていたステラが、ふいに目を細めた。
そして、少し声を落として言う。
「椎茸はね……同じ場所にまた生えることが多いの」
その言葉に、皆の動きが止まる。
ステラの目が、わずかに鋭く光った。
「だから――来年もここに来ましょう」
ゆっくりと、念を押すように続ける。
「いい? 誰にも言ってはだめよ?」
その視線は妙に真剣だった。
アバルトもパナールも、護衛の若者たちも、一瞬言葉を失う。
そして――
皆そろって、無言でこくこくと頷いた。




