第43話 秋:紅葉狩り03
山道は緩やかな斜面を縫うように続き、落ち葉を踏みしめる足音が静かな森の中に柔らかく広がっていた。
木々の間から差し込む光は午前よりもわずかに傾き、赤や橙に染まった葉を透かして地面に細かな影を落としている。
歩くたびに乾いた葉がかさりと鳴り、遠くでは風に揺れる枝がかすかに擦れ合っていた。
そのとき、少し先を歩いていたパナールが、ふいに声を張り上げた。
「みなさん、あちらに栗の木がありますよ!」
森の静けさを破るような、よく通る明るい声だった。
その声に、皆が一斉に顔を上げる。
「本当?」
「どこどこ?」
子供だけでなく、大人たちまでも自然と足が速くなる。
栗はこの領では特別な食べ物だった。
山の恵みの中でも、ほのかな甘みを持つそれは貴重で、口にできる機会は多くない。
だからこそ、誰の顔にも素直な期待が浮かぶ。
声の先には、大きく枝を広げた栗の木が立っていた。
太い幹から放射状に伸びた枝の先には、すでに多くの毬栗が弾け、地面のあちこちに落ちている。
緑がかった棘の殻が落ち葉の中に転がり、割れ目から茶色い実が顔を覗かせていた。
「わあ、いっぱいある!」
リーナが思わず声を上げる。
皆はさっそく地面に散らばる毬栗へと集まった。
靴の底で器用に棘を押しつぶし、殻をこじ開け、転がり出た栗を拾い上げていく。
棘を踏む音と乾いた葉の音が混じり合い、賑やかな気配が森に広がった。
「気をつけてね、素手で触ると刺さるわよ」
ステラが言いながら、自分も慣れた手つきで殻を開く。ころりと丸い栗が二つ、土の上に転がり出た。
「こんなに大きいの、久しぶりだわ」
シルエイティもしゃがみ込み、落ち葉をかき分けながら探している。
リーナは嬉しそうに次々と栗を拾い上げ、袋へと入れていく。
アルフィもそれに倣い、足元を見ながら拾っていくが、視線を動かすたびにまだまだ実が見つかる。
まるで拾っても拾っても尽きないようだった。
気がつけば、誰の袋もすぐに膨らんでいた。
「今年は当たり年ね」
誰かがそう言うと、皆の間に小さな笑いが広がる。
やがて栗拾いが一段落すると、パナールが山の奥を指差した。
「この先に見晴らしのいい小山があります。そこで昼にしましょう」
森の奥へ続く道は、やがてわずかに開けた斜面へと変わっていく。
その途中、ひときわ大きな木が目に入った。周囲にも紅葉した木は多いが、その一本だけは明らかに異質だった。
幹は太く、枝は大きく広がり、葉は他のものよりもひと回り大きい。
赤と橙が混じり合った葉が光を受けて揺れ、その姿はまるで炎が静かに燃えているようにも見えた。
アルフィは思わず足を止め、見上げる。
その様子に気づいたアバルトが、後ろから声をかけた。
「それは大紅葉の木だ。そんなに珍しいか?」
アルフィはしばらく黙って葉を見つめていた。
「サトウカエデ……」
小さく呟く。だが、その言葉が何を意味するのか、自分でも分からない。
ただ、どこかで触れた記憶の端がかすかに揺れただけだった。
考えようとするほど、輪郭は曖昧になっていく。やがてアルフィは小さく息を吐き、その思考を手放した。
一行はやがて、パナールの言っていた小山へと辿り着いた。
木々が少し開けた場所で、緩やかな斜面の上からは森が一望できる。
赤や黄色に染まった木々が波のように連なり、遠くの稜線は淡い青に霞んでいた。
ここまで来ると風は少し強く、葉擦れの音がさらさらと絶え間なく流れていく。
「ここでいいんじゃないかしら」
ステラがそう言うと、皆は持ってきた布を地面に広げた。
落ち葉を軽く払うと柔らかな土が現れ、腰を下ろすと自然と体の力が抜ける。
今日の昼はサンドイッチだった。固い黒パンを横に割り、その間に野菜と肉が挟まれている。
普段の食事よりほんの少しだけ贅沢な内容だ。
アルフィは挟まれた肉を見て首をかしげる。
「これ、何の肉?」
アバルトが笑って答えた。
「数日前にな、パナールと二人でボアを仕留めたんだ。今日のためにな」
「ボア?」
「猪みたいな魔物だよ。塩漬けにしておいた肉を焼いたんだ」
表面は香ばしく焼け、脂がわずかに滲んでいる。
野菜の青い香りと混ざり合い、素朴ながら食欲をそそる匂いが広がった。
アルフィも一口かじる。しっかりとした歯ごたえがあり、噛むほどに旨味が滲む。だが同時に、塩気はやや強かった。
「どう?」
ステラが覗き込む。
「うん……おいしい」
そう答えながらも、アルフィはわずかに首を傾げる。
――燻製にすれば、こんなに塩を使わなくてもいいのに。
――もっと長く持つはず。
そんな考えが、またしても不意に浮かんだ。けれど、その方法の名も理屈も、はっきりとは掴めない。
思い出そうとすればするほど、記憶は霧の向こうへと遠ざかっていく。
アルフィはしばらく考え込んだ末、小さく息を吐き、諦めるようにもう一口パンをかじった。
小山の上には、穏やかな秋の風が流れている。遠くの森は赤く揺れ、空はどこまでも高く澄んでいた。
皆は栗の話をしながら笑い、サンドイッチを頬張り、それぞれの時間をゆるやかに味わっている。
そのひとときは、ただ静かで、確かな温もりを持った秋の昼だった。




