第42話 秋:紅葉狩り02
川沿いに続いていた土の道は次第に細くなり、踏み固められた地面の両脇には落ち葉が積もり、足を踏み出すたびにかさりと乾いた音が重なる。
空気は村よりも幾分冷たく、それでいて澄み切っており、木々の間から差し込む秋の光が地面をまだらに照らしていた。
見上げれば、赤や橙に染まった楓、黄色に色づいた樺の葉が風に揺れ、枝の隙間から覗く空はどこまでも高い。
風が通るたびに葉がひらひらと舞い落ち、土と木と枯葉が混じり合った山の匂いが、どこか胸の奥に触れるような静けさを運んでくる。
そんな景色の中を歩きながら、一行は次々と木の実を見つけては足を止めた。
「これは食べられるわよ」
「こっちはだめね。似てるけど毒があるの」
ステラとシルエイティが指差すたびに、皆が感心したように声を上げる。
二人は歩みを緩めることもなく、自然と口にするように植物の名を挙げ、食べられるものと危ういものを淡々と分けていく。
その語り口は知識を誇るものではなく、山とともに暮らしてきた者の当たり前の感覚に近く、聞く者は大人であっても思わず耳を傾けていた。
道の脇の低い枝に、ふと鮮やかな橙色が見えた。
小さな柿の実がいくつも連なり、秋の光を受けて艶やかに光っている。熟しているようにも見えるそれを、アルフィは足を止めて見上げた。
「これ……食べられるの?」
問いかけると、すぐ横からステラが応じる。
「あれはね、甘そうに見えるけれど……とても渋いのよ。口に入れると舌がきゅっと締まるくらい渋くて、とても食べられたものじゃないわ」
軽く肩をすくめて続ける。
「渋みさえ抜ければ、おいしいのにね」
アルフィはしばらくその柿を見つめていた。
――干せば食べられる。
――酒に漬ければ渋みは抜ける。
そんな断片が、ふと胸の奥に浮かぶ。けれど、それがどこから来た知識なのかは分からない。
思い出そうとすると、霧のように形を失う。
やがて小さく首を振り、視線を外した。母がそう言うのなら、今はそれでいいと納得するしかなかった。
さらに進むと、山道の脇に大きな広葉樹が立っていた。太い幹から広がる枝の下、地面は一面どんぐりで埋め尽くされている。
殻斗をかぶった茶色の実が落ち葉の上に無数に散り、踏めばころころと転がるほどだった。
その中で、小さな影が忙しなく動いている。リスだった。
前足でどんぐりを抱え、せわしなく口を動かしている。
だが人の気配に気づいた瞬間、ぴたりと動きを止め、尾をひと振りしたかと思うと、次の瞬間には幹を駆け上がり、枝葉の奥へと消えた。
その後ろ姿を見上げながら、アルフィはぽつりと呟く。
「リスが食べてるけど、このどんぐりは食べられないの?」
ステラは足元の実を拾い上げ、少し考えるようにしてから答えた。
「食べられるわよ。でもね、すぐには食べられないの」
指先で転がしながら続ける。
「水に一日以上さらして、それから煮て……それを何度も繰り返さないと渋みが抜けないの。だからね、薪のほうが高くつくのよ」
苦笑が混じる。
「手間ばかりかかるから、誰もわざわざ食べようとはしないわね」
アルフィは黙ってそのどんぐりを見つめていた。
――灰を入れて煮れば、もっと簡単に抜ける。
また同じように、確かな感覚だけが浮かぶ。だが理由も経緯も分からない。知っているはずなのに、思い出せない。その違和感だけが胸に残る。
やがて道はさらに登り、木々の密度がわずかに変わる。斜面がゆるやかに開け、視界の先に山の麓が現れた。
そこに、不思議な岩肌が露出している。土の中から白い岩がむき出しになり、ところどころ黒い筋が混じっている。
周囲の土とは明らかに異なる色合いで、雨に洗われた表面は滑らかに光を弾いていた。
それを見た瞬間、アルフィの口から思わず声が漏れる。
「あ……」
だが、その先が続かない。何かに触れかけた感覚だけが残り、言葉にならずに消えていく。
その声にステラが振り返る。
「どうしたの、アルフィ?」
アルフィは少し迷いながら、その岩を指差した。
「この白い岩……」
ステラはちらりと見て、ため息交じりに答える。
「この領はね、ああいう白い岩とか黒い岩とか、それにドロドロして臭い水とか……本当に変なものばかりなのよ」
肩をすくめる。
「畑を広げようとしてもすぐ岩に当たるし、耕すのも一苦労だわ」
アルフィはその岩をじっと見つめていた。
――それは資源になる。
確かにそう思う。だが、なぜそう言えるのか、その先がどうしても繋がらない。思考はそこで途切れ、手を伸ばしても届かない場所に逃げていく。
しばらくのあいだ黙って立ち尽くしていたが、やがて小さく息を吐き、何も言わずに再び歩き出した。




