第41話 秋:紅葉狩り01
今日は久しぶりに家族で山へ出かける日だった。
朝の空気はすでに秋の匂いを含んでいて、吐く息がわずかに白くなるほど冷えている。
空は高く澄み、雲は薄く流れ、遠くの山並みは朝日に照らされて柔らかく赤く染まり始めていた。
出かけるのは、アバルトとステラ、そしてアルフィ。そこにリーナと、その母シルエイティも加わっていた。
そして護衛枠として同行しているパナールと若者の従者の二人。
シルエイティは娘のリーナによく似ている。
背は高くないが、すらりとした体つきで、どこか影を帯びた儚げな美しさがあった。
線の細い顔立ちと柔らかな瞳は、見ている者に自然と「薄幸」という言葉を思い浮かばせるような、静かな雰囲気をまとっている。
そのシルエイティとステラは、どうやら久しぶりに顔を合わせたらしい。
歩き始めてすぐに二人は並び、楽しそうに言葉を交わし始めた。
しばらく会えなかった分だけ話題が溜まっていたのだろう。
どちらかが口を開けば、すぐに次の話が続き、会話は途切れる様子がない。
「まあ、それにしても……」
ステラが少し前を歩くリーナを見ながら微笑む。
「リーナは本当に可愛くなったわね。あなたにそっくりだわ、シルエイティ」
そう言われて、シルエイティは少しだけ困ったように笑った。
「そんなこと……。でも、ありがとうございます」
そして今度はアルフィの方へ視線を向ける。
「アルフィさんこそ、とても賢くて思慮深い子だと聞いていますよ。村でもよく噂を聞きます」
その言葉にステラは少し肩をすくめるようにして苦笑した。
「それがね……まぁ、そうなのかもしれないけどね……」
言いながら、アルフィの背中をちらりと見る。
「確かに物事をよく考える子ではあるんだけど……なんというか、あまり子どもらしくないのよ」
ため息まじりに続ける。
「もっとこう、無邪気に走り回ったり、いたずらしたりしてもいいのにって思うの。まだ七歳なのに、どこか大人みたいで……」
シルエイティは静かにうなずいた。
「わかります。その気持ち」
そして今度は前を歩くリーナの背中を見る。
「うちの子も、少し似たところがあるんです」
声は穏やかだったが、そこには母親らしい小さな悩みが滲んでいた。
「自己主張というか……感情を表に出すのが、あまり得意ではなくて。嬉しいことも、嫌なことも、あまり言葉にしないんです」
「まあ……そうなの?」
「ええ。優しい子ではあるんですけどね。でも、もう少しわがままを言ってくれてもいいのにって思うことがあって」
二人は顔を見合わせ、ふっと笑った。
「子供のことって、いくら考えても悩みは尽きないわね」
「本当に」
そんな会話が続くのを、前を歩く二人の子供はしっかり聞いていた。
アルフィとリーナは、ほぼ同時に足を少し緩める。
そして、ちらりと互いの顔を見た。
どちらも何とも言えない表情をしている。
――また始まった。
そんな空気だった。
そして次の瞬間、二人は小さく苦笑いを浮かべる。
言葉にしなくても、同じことを考えているのがなんとなく伝わってきた。
後ろでは、まだ母親たちの楽しそうな会話が続いている。
母目線からの子供の話題というのは、どうやら終わりがないらしかった。
とはいえ、これは危険な遠征というわけではない。
今日の目的は――紅葉狩り。
もっとも、実際のところは少し違う。
誰もが紅葉を愛でるつもりではいるが、それ以上に楽しみにしているのは秋の恵みの採取だった。
木の実、きのこ、山菜、食べられるものなら何でもだ。山の幸は、この領では貴重な食料になる。
今年は幸いにも天候に恵まれていた。
春も夏も大きな災いはなく、畑の作物もそこそこ順調に育った。
だから村の空気も、どこか明るい。
今この場にいる者たちの表情も、例年より少し軽やかだった。
それでも、楽しい時間には理由がある。
もう少しすると、アバルトとパナールたちは再び領を離れなければならない。
辺境伯のもとへ赴き、軍役に就くためだ。
期間はおよそ一ヶ月。
この領にとっては毎年のことだが、家族にとってはやはり寂しい時間になる。
だからこそ今日の外出は、家族で過ごす貴重な息抜きの日だった。
本当なら、タツィオも一緒に来たかっただろう。
だが最近、彼の家では妹が生まれたばかりだった。
母のオーリスは赤ちゃんをあやしつつなので、自宅兼店舗を離れられない。
そのためタツィオが代わりに店に立ち、慣れないながらも店番をして家族を助けているのだ。
そういう事情もあり、今日の外出はアバルト一家とパナール一家だけの小さな集まりになっていた。
それと、護衛として同行している若者が二人いる。
どちらもこの村の若手で、山の恵みを採取するのも兼ねての参加だ。
そしてこの二人も、やがてアバルトたちと同じく軍役へ出ることになっている。
今日の行き先はボクサー村の北。
ウッドカッター山脈の麓だ。
このあたりは秋になると山の木々が色づき、赤や橙の葉が斜面を埋め尽くす。
村の者にとっては見慣れた景色だが、それでも毎年楽しみにしている場所だった。
一行が村の道を歩いていくと、農民たちが畑仕事の手を止めて声をかけてくる。
「おや、アバルト様。山へ行かれるんですか」
「今日は紅葉狩りだよ」
「いいですねえ。今年は山の実りも良さそうです」
どの顔にも、どこか安堵したような明るさがあった。
この領は耕作地が少ない。
平地が少なく、石混じりの土地が多いからだ。
主に植えられているのは麦だが、毎年の収穫は決して多くない。
そのため、副次的に育てているひえや粟を主食にしている家も珍しくない。
それでも今年は、そこそこの収穫が見込める。
この領では――
「そこそこ」が、かなり良い年なのだ。
だから農民たちの顔も自然と明るくなる。
そんな声を交わしながら、一行は村の門へと辿り着く。
木で組まれた簡素な門を抜けると、外の空気はさらに澄んでいた。
門の外の右側にはアルフィたちがよく釣りに行く川が流れている。
秋の水は透き通り、石の間をさらさらと音を立てて流れていた。
その川沿いの道を、北へ向かって歩いていく。
皆でわいわいと話しながら進む中、リーナはずっとアルフィの後ろをついてきていた。
小さな足で一生懸命歩きながら、時折アルフィの背中を見上げては嬉しそうに笑う。
一方でステラとシルエイティは、すっかり会話に夢中になっていた。
周囲の景色も気にせず、歩きながらずっと話し続けている。
その内容がいつの間にやら――
アバルトとパナールへの愚痴へと変わっていた。
「ほんとにね、あの人ったら――」
「うちの人も同じなのです」
その様子を聞きながら、当のアバルトとパナールは顔を見合わせ、苦い表情を浮かべる。
だが、どちらも完全に困っているわけではなかった。
むしろ、どこか安心したような顔でもある。
妻たちがこうして元気に文句を言い合い、子供たちが笑いながら歩き、家族で山へ出かけている。
そんな何気ない時間こそが、彼らにとっては何よりも嬉しいものだった。




