表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、 転生して路傍の石になっちゃいました。 ~石から始まる、底辺騎士爵の娘の受動的英雄譚。なぜか放っておいてもらえません~  作者: 大童好嬉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/58

第30話 アルフィの目覚め

アルフィの石化が解けたとき、最初に駆け寄ってきたのはアバルトだった。

大きな手が、まだ熱の残る娘の肩をそっと抱き寄せる。

「……生きているなら、それでいいのだ」

低い声だった。普段のおおらかさを抑えた、どこか震えを含んだ声。

「お前がアルフィでも……ストンでも……そんなことはどうでもいい」

ステラも、すぐ隣で何度も頷いていた。

「ええ……そうよ……」


涙を拭きながら、アルフィの頬に触れる。

「あなたが生きていてくれるなら、それだけでいいの……」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥から熱いものが込み上げた。

涙が、勝手に溢れてくる。


自分でも理由はうまく説明できない。ただ、胸の奥がほどけるような感覚だけが残った。

だが――その日の夜、アルフィは再び倒れた。

石化から回復したばかりの身体はまだ弱く、そして何より、頭の中が混乱していたのだ。

アルフィの記憶と、ストンの意識。

二つの感覚が、うまく重ならない。


目を閉じると、見たことのない景色が浮かぶ。

触れたことのない岩肌の冷たさ。

地の奥で響くような、ゆっくりとした振動。


そして次の瞬間には、自分が少女の身体で寝台に横たわっている現実に引き戻される。

熱が上がり、意識が遠のいた。

その夜、領館は深い静けさに包まれていた。

石造りの廊下は昼間の喧騒が嘘のように静まり返り、遠くで夜番の足音が時折こつり、と響くだけだった。

窓の外では山から吹き下ろす風が木々を揺らし、枝葉が擦れ合う音が、まるで遠い波のように途切れ途切れに聞こえてくる。


アルフィの部屋もまた、淡い月明かりだけに照らされていた。

小さな寝台の上で、アルフィは毛布に包まりながら眠っている。

胸の上では、握りしめたままの石――ストンが、冷たいまま静かにそこにあった。


眠りは深かった。

けれど、その夜の夢は妙に鮮明だった。

ふと、気配を感じて目を開ける。

夢の中のはずなのに、部屋は妙に現実に近い形で広がっていた。

月の光、窓の形、壁の影――すべて見慣れたものだ。


そして、寝台のすぐそばに――

一人の女性が立っていた。

二十代前半ほどの女だった。

黒い髪が無造作に肩のあたりまで伸び、少し癖がある。

瞳は深い黒で、どこか軽薄さと優しさが同居しているような、不思議な光を宿していた。


その女性は、寝台の上のアルフィの顔を覗き込むようにしていた。

そして、にやりと笑う。

「おはよう、アルフィ」

気軽な声だった。


どこか砕けていて、それでいて距離の近い声音。

「よかったわね。石化、ちゃんと戻って。もう無理はしないでね。次はもう助けられないからね」

腕を組みながら、少しだけ顎を上げる。

「ま、誰のおかげかって話だけどね?」


アルフィは瞬きをした。

不思議と怖くはなかった。

ただ、胸の奥がざわつく。

「……あなたが」

ゆっくりと口を開く。

「ストン、なの?」


女は肩をすくめた。

「そうよ」

軽く笑う。

「ストンでもあり……光希でもある、って感じね」

アルフィは黙って見つめる。


光希は窓の外へ視線を向けながら続ける。

「石になる前はね、別の世界の日本って国で生きてたのよ」

さらりと言う。


「気づいたら石。笑っちゃうでしょ? まぁ、あの時は私、石だったから笑えなかったけど」

頭の後ろで手を組み、肩の力を抜いたまま話す。

「で、そのまま何百年だか何千年だか知らないけど、ぼーっとしてたら」

ちらりとアルフィを見る。

「あなたたちに拾われたってわけ」


少しだけ表情が柔らかくなる。

「……だからまあ、感謝してるのはこっちなのよ。短い間だったけど、面白かったわよ」

一瞬だけ、声が落ち着いた。

だがすぐに、軽い調子に戻る。

「だからね」

指をひらひら振る。

「これからはちゃんと、アバルトさんとステラさんの言うこと聞きなさいよ?」


そう言うと、くるりと背を向けた。

「じゃ、わたしはもう行くわね」

歩き出す。

夢の中の部屋なのに、まるでどこか遠くへ続く道のように、背中が少しずつ遠ざかっていく。


アルフィは思わず身を起こした。

「待って!」

だが、距離は縮まらない。


――そのとき。

「あ、そうだ」

光希が足を止め、振り向いた。

そして、にやりと笑う。

「ステラさんに伝えといて」

妙に真面目な顔で続ける。

「腰の下、柔らかくて気持ちよかったわって」

アルフィは固まった。


光希はさらに続ける。

「あと、たまには、またそこに入れてくれてもいいって言っといてね」

くすっと笑う。

「その石、もう、私はいないかもだけどさ」


そして、指を一本立てる。

「それと」

今度は少しだけ呆れた顔になる。

「アバルトさんには――」

軽くため息をついてから言った。

「後ろポケットに入れたまま、私がいるのにオナラするのはやめてって」


アルフィは呆然としていた。

光希は満足そうに頷く。

「うん、これで全部かな」

そして片手をひらひら振った。

「じゃあね、アルフィ」

背中が、遠ざかっていく。


アルフィは叫んだ。

「待って!!」

届かない。

だから、最後に――

「ストン!!」


その瞬間――

アルフィは目を覚ました。

朝だった。

窓から差し込む光が部屋を照らし、鳥の鳴き声が遠くから聞こえる。


胸が激しく上下している。

ゆっくりと手を見る。


掌の中には、石。

ストン。

冷たい。

ただの石のように、静かだった。

アルフィは目を閉じる。


石化が解けた直後、確かにあったもう一つの意識。

ストンの意識。

だが今は――何も感じない。


静かだった。

まるで最初から、何もなかったかのように。

「……行っちゃったのね」

小さく呟く。


そのとき――

バタン!!

扉が勢いよく開いた。

「アルフィ!」

アバルトだった。

その後ろからステラも駆け込んでくる。

「どうした!」

「今、大きな声を……!」

アルフィは少しだけ戸惑いながら言う。


「夢を見たの」

ステラが身を乗り出す。

「夢?」

アルフィは石を見つめた。

「ストンが出てきた」

二人は顔を見合わせる。


「ストンはね、別の世界から来たんだって」

ゆっくり続ける。

「“ニホン”って国で生きてて、本当の名前は……“ミツキ”っていうの」

アバルトは黙って聞いている。

アルフィは少し迷ってから続けた。


「それでね……伝言があるって」

ステラが首を傾げる。

「何を?」

アルフィはそのまま言った。


「お母さんの腰の下、柔らかくて気持ちよかったって」

空気が止まった。

ステラの頬が一気に赤くなる。

「え……?」


アルフィはさらに続ける。

「それと、お父さんには」

アバルトを見る。

「後ろのポケットに入れたままオナラは絶対にやめてほしいって」


そして――

ステラが吹き出した。

「……ふふ……っ」

肩を震わせながら笑い出す。


アバルトも目を見開いていた。

その話は、誰も、当然アルフィは知らないはずだった。

それでも、確かに当たっている。


ステラは涙を拭いながら、微笑んだ。

「そう……」

小さく呟く。


「やっぱり……見ていてくれたのね」


アルフィは石を握り直した。

冷たい。


けれど――

ほんの少しだけ、優しい気配が残っている気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ