Ex.第9話 イシッコとの別れ
そして、盗賊団の生き残り何名かは、縛られたまま城砦へと連行された。
高い石壁と、冷たい鉄格子。空気は乾いていて、どこか無機質で、ここにあるものはすべて“処理”のために整えられているのだと、触れてもいないのに分かってしまう。
生き残った大人たちは、順番に尋問へ連れていかれ、戻ってくるたびに別人のようになっていた。
腫れ上がった顔、折れた歯、不自然に曲がった手足。
もはや自分で座ることすら難しそうで、それでも牢に投げ戻される。
そのたびに、イシッコは黙って近づいた。
匙を持って、こぼさないように口元へ運び、飲み込めない者には少しずつ流し込む。
誰も礼なんて言わないし、目すら合わせない。
それでも、彼女は淡々とやる。汚れた排泄物も、床も、全部。
……ほんと、真面目すぎるでしょ。
やめなよ、って言えたらいいのにね。
言えないんだけど。石だから。
やがて、イシッコも呼ばれた。
小さな部屋。淡い光。腕に嵌められた魔道具が、ひやりとした感触を残す。
問いは簡単だった。
――盗賊団に買われたのか。
――何をしていたのか。
――人を殺したことはあるか。
彼女は、ゆっくりと答える。嘘はない。嘘をつく余裕もない。
そのたびに、私は感じていた。微かな流れ。見えないけれど確かにある、何かが反応している感覚。
ああ、これ……嘘、弾いてるやつね。
なるほど、便利。でも、ちょっと怖い。
「……真実のようです」
その一言で、彼女の運命は一応の線を引かれた。
それからの牢は、静かだった。
あれだけいた盗賊たちは、日に日に減っていく。
朝になっても動かない者、戻ってこない者。理由は聞かなくても分かる。
一週間も経たないうちに、残ったのはイシッコひとりになった。
そして、その翌日。
白い法衣の男――神父が、彼女の前に立った。
穏やかな顔。柔らかい声。でも、その奥にあるものは、やっぱり“選別”のそれだった。
「この子は、教会で引き取る」
そう決まったらしい。
……まあ、ここにいるよりはマシ。たぶん。
持ち物の確認が始まる。
ポケットの中。袋の中。全部ひっくり返されて、当然、私も取り出される。
兵士が眉をひそめる。
「なんだこの石。盗品か?」
「箱に戻しとけ」
あ、はい。雑。
その兵士の手が私に触れようとした瞬間――
「……その石」
小さな声。
イシッコだった。
「それ、私の……友達なんだ」
一瞬、空気が止まる。
……友達。
いや、ちょっと待って。
友達って、私? 石だよ? しゃべらないし、何もしてないけど?
「最後に……触っても、いいですか」
兵士は一瞬だけ迷って、それから、何も言わずに私を彼女の手に乗せた。
その瞬間、分かる。
ああ、やっぱりこの子、ずっと私を握ってたんだなって。
手の温度が、ちゃんと覚えてる。
イシッコは、私を頬に寄せた。
ほんの一瞬、目を閉じて。
「……ありがとう」
小さく、でもはっきりと。
「つまらない話ばっかりだったけど……聞いてくれて」
「何も返してくれなかったけど、それでも……」
少しだけ、息を吸って。
「私にとっては、ちゃんと“友達”だったよ」
――ああ。
そうなんだ。
私、何もしてないのに。
ただ、そこにいただけなのに。
それでも、この子にとっては、それでよかったんだ。
胸の奥――いや、石だから胸なんてないんだけど。
それでも、確かに、何かがほどける。
ああ、これ。
たぶん、ずっと持ってた“何か”。
執着なのか、未練なのか、よく分からないけど。
それが、静かに、流れていく。
軽くなる。
空っぽになる、っていうより、やっと余計なものが抜けた感じ。
私は、思う。
曖昧に「幸せになって」なんて言わない。
そんなの、無責任すぎる。
だから、もっとちゃんと。
――自分で選べるように。
――誰かに決められた人生じゃなくて。
――自分で、自分の足で立てるように。
その願いが、言葉にならないまま、すっと流れた。
イシッコは、少しだけ名残惜しそうに私を見つめて――
そして、手を離した。
兵士に戻される。
もう、振り返らない。
神父に連れられて、まっすぐ前だけを見て歩いていく。
……うん。
それでいい。
その方が、この子らしい。
私は、箱に放り込まれる。
暗くて、冷たい木の中で、コロンと転がる。
でも――
さっきまでとは、ちょっと違う。
空っぽなのに、不思議と満たされてる。
……ああ、そっか。
ここからだ。
私も、この子も。
やっと、“自分の物語”が動き出すのは。




