Ex.第8話 壊滅
その後も日々はあたりまえのように続く。
商隊を襲い、男は殺され、女は連れ去られ、金品は奪われる。
それが、この集団では当たり前で、誰もそれを疑わない。
昨日と同じ今日が、何事もなかったように繰り返されていくだけだ。
ただ――ひとつだけ、明確に変わったことがあった。
あの日。
イシッコが、あの若い冒険者を刺した日を境に、扱いが変わった。
雑に扱われるただの「ガキ」じゃなくなった。
使い潰されるだけの存在じゃなくなった。
――“一人前の盗賊”として、認められたのだ。
その証拠に、雑務は減った。
夜に呼ばれることも、なくなった。
襲った商隊から奪ったものを換金して、人買いから女を買う。
世話をさせるための、奴隷。
安全になった、と言えば、そうなのかもしれない。
……でも。
それで良くなったかと言われると、全然そんな気はしなかった。
イシッコは、相変わらずだった。
喋らない。笑わない。
そして、私を――ポケットの中の石を、ずっと持ち歩いている。
変わったのは、周りだけ。
この子自身は、何も変わっていない。
むしろ――どこか、もっと静かになった気がする。
そんな、ある日の早朝だった。
金属音が、空気を裂いた。
――嫌な音。
剣が抜かれる音と盾がぶつかる音。
それが、四方から聞こえる。
囲まれてる。
そう理解するより早く、盗賊たちは跳ね起きていた。
見張りが機能していない。
つまり――もう、終わってる。
その中で、一人。
異様に目立つ男が前に出た。
頑強な体。整った鎧。馬上。
いかにも“ちゃんとしてる側”の人間。
そして、声が聞こえた。
「我らは、辺境軍第三分隊の討伐隊である」
よく通る。揺れない。
命令することに慣れてる声。
「大人しく縛につけば、命は取らん。だが――抵抗するなら、殲滅する」
……あ、これ無理なやつだ。
直感だった。
でも、間違ってないってすぐ分かる。
今までの討伐隊とは違う。
“本物”だ。だけど当然、盗賊は従わない。
「武器を持て! 返り討ちだ!」
首領の号令で、全員が動く。
イシッコも、剣を握る。
その背後で――
攫われた女たちの声が上がる。
「助けて……!」
その声に、ほんの一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ、イシッコの指に力が入った。
……でも、それだけだった。
戦いが始まる。
数は、圧倒的に不利だ。
五十、六十以上はいる討伐隊に対して、盗賊は二十にも満たない。
でも、盗賊側には“切り札”がある。
首領の魔法。
詠唱。そして合図。
盗賊たちが一斉にしゃがむ。
次の瞬間――
火球と爆音。
炎が上がり悲鳴が響き渡る。
何人も焼け落ちる。
……正直、強い。
これで今まで生き延びてきたのも納得だった。
でも。
それだけだった。
討伐隊はすぐに隊列を整えた
大盾が並び壁みたいに重なって、前に出てくる。
次に放った首領の魔法の火は防がれてしまう。
距離が詰まる。
そして――後ろから騎馬が突っ込んでくる。
一瞬で、形が崩れる。
盗賊の陣形が、壊れる。
叫び声。混乱。逃げる者、倒れる者。
その中で。
イシッコは、動いた。
木陰へ。
気配を消して。
――逃げる。そう決めたのだろう。
……うん、それでいいよ。正しい。
ここで戦う意味なんて、どこにもない。
でも、それを見てる側も、戦闘のプロなんだよね。
弓が引かれる。矢が飛ぶ。外れた。
けど、その衝撃で――
私は、ポケットから弾き出された。
地面の転がる。そして、私の視界がぐるぐると回る。
イシッコが、振り返る。
……ちょっと待って。
いや待って、今それどころじゃないんだけど。
ほんの一瞬。その一瞬で、分かった。
――迷ってる。
来るか。
行くか。
そして。
行った。
……うん。それでいい。それでいいのに。
次の瞬間。
矢が、イシッコの脚に刺さる。
崩れる。倒れる。
――ああ、もう。
ほんと、うまくいかない。
彼女は、這うみたいにして戻ってきた。
そして。
私を、掴む。
ぎゅっと。
強く。
……馬鹿だなあ。
ほんとに。
でも、その馬鹿さが、嫌いじゃないよ。
むしろ――好きだよ、そういうの。
その頃には、もう戦いはほとんど終わっていた。
首領が前に出るで血だらけで、叫ぶ。
「一騎打ちだ!」
必死だった。
でも、その願いは――あっさり、踏み潰された。
背後から斬られ、矢を受けて、あっけないくらい、あっさり終わる。
隊長が言う。
「笑止」
冷たい。でも、それが現実だ。
「貴族でも騎士でもない。盗賊に礼など不要だ」
その言葉で、全部が終わった。
命令が飛ぶ。
「降伏者は縛れ」「女は保護しろ」「死体を集めろ」
戦いが終わって、ただの”処理”が始まる。
その切り替えが、やけに速いな。
……ああ、そうか。
これが“正しい側”なんだ。
私は、イシッコの手の中で思う。
どっちが正しいかなんて、分からない。
でも――どっちも、容赦はない。
この世界は皆、生きるのに必死で、
命なんてなんて儚いのだろう。
その境目にいる私たちは、ただ流されるだけだ。
まぁ、私は、転がるだけなんだけど。石だしね。ほんとに。
だからせめて。
この手の中の温度だけは、離さないように。
そう思いながら、私はただ静かに在り続けていた。




