第14話 アルフィの投擲
そして、話は現在に戻る。
アルフィは日々、目に見えて成長していった。
歩き方はまだ少し不器用で、よく転ぶ。
けれど――以前みたいに私の上にダイブしてくることは、なぜかほとんどない。ちゃんと避けてるのよね、あの子。無意識っぽいけど。
……あら、もしかして私、ちゃんと“物”として認識されてる?
石にも最低限の尊厳ってあるのよ。ありがたいわ、本当に。
二歳を過ぎた頃、私はついに――名前をもらった。
「ストン」。
……ええ、うん。分かる。深く考えてないでしょ、それ。
落とした時の音よね、絶対。
でもね。
名前を呼ばれた瞬間、胸の奥――いや、胸ないけど――とにかく内側で、何かがぱちんと弾けたの。
ああ、って思った。
私、“ただの石”じゃなくなったんだって。
名前があるって、それだけで、こんなにも世界の見え方が変わるのね。
……これ、もう家族でいいんじゃない?
いいわよね。うん、いいことにする。
三歳になる頃には、アルフィは家の中を自由に駆け回るようになった。
当然、私は走れない。
じゃあどうなるかって?
投げられるのよ。
思いっきり。
床に当たって、コロンと転がって、家具の脚にぶつかって止まって――また拾われて、投げられる。
あ、蹴られることもある。
ええ、遊びよ。完全に。
ただね、ひとつだけおかしいの。
あの子が「ここ!」って思った場所に、私、ほぼ確実に届くのよ。
力加減とか角度とか、絶対適当なのに。
百発百中。
……ちょっと待って。
これ、私がすごいの? それともアルフィがすごいの?
どっちにしても――
伝説の投擲武器、爆誕ってやつじゃない?
いや、やめてほしいんだけど。武器扱い。
私は平和主義の石よ。
そのうち、私が少し重たいって話になったらしくて、ステラが袋を作ってくれた。
布と紐でできた、小さな斜めがけの袋。
アルフィはそれを、ほんとに宝物みたいに大事にして、私を中に入れる。
歩くときも、走るときも、転ぶときも、寝るときも。
ずっと一緒。
……ねえ、これさ。
ちょっと幸せすぎない?
石生、ここまで来ると勝ち組なんだけど。
アバルトもステラも、その様子を見て、よく笑ってる。
まあ、視線の中心は完全にアルフィだけど。
いいのよ、いいの。
私は背景石。控えめポジション、大好き。
五歳になる頃には、外にも出られるようになった。
庭だけじゃなくて、森の浅いところまで。
最初は従者付きだったけど、そのうち――
「一人で行ってもいい」
って許可が出た。
……正直、ちょっとびっくりした。
でも、理由は分かる。
この領地、余裕なんてないのよ。
石雪が毎年降るせいで、土地は痩せてるし、収穫は少ないし、やることは山ほどある。
アバルトもステラも、朝から晩まで働きっぱなし。
子供に付きっきり、なんて無理。
それに――子供自体、少ない。
生まれても、そのまま大きくなれない子の方が多い。
アルフィは、かなり特別な側。
だからこそ、ある程度は“任せるしかない”。
そういう空気が、自然に出来上がっていた。
で、その結果。
アルフィと私、ふたり(?)でお出かけする日常が完成したわけ。
歩き慣れた道。
見慣れた家。
でも、改めて見ると――やっぱりこの村、変なのよね。
全部、灰色。
建物も、道も、空気までも。
畑は少なくて、作物は元気がなくて、土は固くて。
……生きてる感じが、薄い。
五歳の子でも分かるレベルで、「あれ?」ってなるやつ。
でもね。
森に入った瞬間、全部変わるの。
草は濃い緑で、ふかふかしてて。
木はのびのびしてて、光をちゃんと受け止めてて。
風はきれいで、土はちゃんと湿ってて。
――ちゃんと“生きてる”。
同じ土地のはずなのに。
なんでこんなに違うのか。
アルフィはよく首をかしげてる。
私は石だから首は動かせないけど、気持ちは完全に同じ。
むしろ、めちゃくちゃ気になる。
灰色の村と、緑の森。
その境目を、行ったり来たりしながら。
今日も私は投げられ、転がり、ときどき蹴られている。
……いや、ほんと扱い雑なんだけど。
でもまあ。
悪くない。
むしろ、かなりいい。
平和で、穏やかで――
それでいて、どこか少しだけ、胸の奥がざわつくような日々。
そんな時間が、ゆっくりと積み重なっていって。
気づけば。
アルフィは、七歳になっていた。




