521 とんでもない奴だ
主従契約を結び、主人であるあの少年が死ねば自分たちも死ぬと聞いて思わず笑いがこみ上げてきた。
こんな豪胆なやつは初めてみた。
同胞の中にも野蛮なやつはいたし、リーダーと呼べる奴もいた。
だが、これほどまでに自分勝手で振り回してくる奴は見たことがない。
「エコー。どう思う?」
「ローゲンと一緒だよ。とんでもない奴と出会ったなって気持ち」
闘技場で無敗の不堕姫と禁術を使う妹、そして得体の知れぬ魔導士。
それに慕われているとんでもない奴。
見た目はただの少年──女にしか見えないが──だが、その皮膚の内側には隠しきれないほどの存在感がある。
街を歩けば思わず目で追ってしまうような存在感だ。なにより、覚悟が感じられる。口から出てくる言葉は優しく着飾っているが……。
「バケモノだよ、あいつ」
「普通の人間じゃないのはそうだな」
「……色々な感情が渦巻きながら、それを皮膚の中に抑え込んでる。狂気だ」
「つつけば絡みつくような感情が出てきそうな」
「そうそう」
エコーは笑いながら、渡黒鴉やゴブリンのでかい奴とウルフのデカイ奴らと遊んでいるクラディスの姿を目に収める。
アイリスというやばい奴の弟だと言っていた。
たしかに、あの日、あの時に感じたアイリスの存在感と似たものを感じる。
──隊長を任せられるほどの人間なのか? とローゲンは聞いた。
それに対して、アイリスはこう応えた。
『…………わたしは、別にできた人間じゃないよ』
外していた仮面を外し、その下の口元を緩ませて。
『ただ、面倒事を買って出ただけさ。実力はここにいる皆さんよりも低い』
なんて言い放ってきたのだ。
これから、自分たちの団長と呼ばれる人間が。
格下だと認めてもそこには悲しいといった感情は含まれず、ただ事実として受け止めながら彼女は言葉を続ける。
『だから、皆さんにたくさん頼ろうとしてます。形だけの隊長ですよ』
自分は選ばれただけ。だから大したことがない。
そんな言葉を言うものだから、二人の中では「コイツは弱い人間だ」と認定した。
弱気なことばかりいう情けない人間だと。
だが彼女は「でも」と言い。
『いつかは頼って貰えるようにがんばります。だから、仲良くしましょう』
その時の表情、仕草、声のトーンが頭にこびりついて消えてくれない。
諦めているようで諦めていない。笑っているのに笑っていない。
そこには覚悟があり、子どもをそのまま大きくしたような人物なのに風格がある。
喜怒哀楽そのものを『アイリス』という皮にキレイに包んだだけのように思えた。
それからだ。エコーとローゲンが、アイリスのことを恐れているのは。
そんな彼女と同じ雰囲気をコイツは醸し出すのだ。
だからこそ、恐ろしくも、気になってしまう。
コイツは何をしてくれるのだろうかと。
人間よりも人間らしく。
人間を愛すと言いながら、首元に刃物を向けてくるような圧があるのだ。
(これを常日頃から浴びている不堕姫と妹も……只者じゃないがな)
「オイ。エルフ二人」
アンが二人の元ににやってきた。
本物のエルフ以外が集まった稀有な三人組だ。
「貴様らは従者の最後尾だから知らないだろうが、わたしが最初の従者だからな」
何を言い出すのかと思ったら、わざわざそれを言いに来たらしい。
「あるじはお優しい方だ。貴様らのような札付きにも優しく接し、時には親身になって話を聞いてくれるだろう。だが、頼りすぎるなよ」
「頼るもなにも、同胞探し以外に求めることはないさ」
「なら良い。そのままでいろ。くれぐれも一緒にいる時間を増やそうと思わないことだ。どれだけ居心地が良くてもだ。分かったか」
アンは二人の顔を交互に見つめ、頷かれると満足したように帰っていった。
「アイツってあんな感じなのか?」
「なんか面倒そうだな」
「不堕姫ってもっとこう……勇ましい鬼ってイメージだったが」
最長連勝記録を誇る不堕姫。
エコーやローゲンの耳にもその話は当然入ってきている。見に行ったこともある。
おそらく100歳にも満たぬ分血の暗黒森人が闘技場で猛威を振るっているという話を聞けば、気にならない訳がない。
見に行った感想としては、心が壊れた戦闘奴隷という印象だった。
感情なぞ捨て、ただただ目の前の敵を屠るだけの強者。
「それが、なんか、丸くなってるな」
「あの、お兄ちゃんのお友達さんたち」
今度はアルマがやってきた。
エコーがなーに? と聞くと、アンの方を見ながらこそっと。
「お兄ちゃんの彼女はあの子じゃなくて、私だからね」
なんて言ってきた。
なんだコイツ等は。
というか、なんだコイツは。お兄ちゃんと呼んでいる癖に彼女だと?
「分かった? 分かった?」
「あ、ああ……」
「でも、無理なんじゃないの? その……内縁関係があるんでしょ?」
「それがないの! ないからいけるの。言質は取ってるから、大丈夫なの!」
やばい奴しかいないのか?
段々と、あのクラディスという少年が可哀想に思えてきた。
「エルフの人って性欲とかあんまりないんでしょ? 物欲とか」
「まぁ、ないな。だから全体数が少ないのだ」
「でもハーフエルフは混血種だから、エルフよりは欲はあるよ? ボクなんかは分血の森守人だから普通にそういう欲はあるし。ローゲンはないもんね?」
「無性に戦いたくなることくらいか。そもそも、300年近く生きているが性欲という欲を感じたことが今まで一度もない」
「ほえ……じゃあ、アンちゃんが欲があるのは……だーくはーふえるふだから?」
「じゃないか?」
「チッ」
うわ、舌打ちした。
「でも、そのおかげかあんまり知識はないみたいだから……」
ぶつぶつ言いながら納得したら戻っていった。
なんだアイツ。
「……周りにいる人間は只者じゃないと思っていたが……本当に只者じゃないな」
「悪い意味でね。こりゃあ、苦労してそうだなー……ボク達の主人サマは」
二人のおかげでクラディスという人間が話しやすい奴だという認識になった。
気苦労の絶えない苦労人。同胞探しをしてくれるという話だったが、その際にはあまり負担をかけず、なんなら気にかけてやるかという気持ちに二人はなった。




