516 怖がらせてごめんね
「大丈夫か……」
「なんとか」
計算外だった。
いくら相手が強いとは言え、二人で負けたことなぞ今まで無かった。
それに直近では王国に襲撃をした下位魔族を倒し、王国にも認められた。
名のある冒険者を倒し、中には殺しも行ってきた。
だから、このたった一人のガキに圧倒されることになるとは思いもしなかった。
魔法盾を貫く面妖な攻撃に加え、あの小さな身体から伸びる黒い手と黒い羽。
通常の斬撃ではない魔法も同時に放たれる攻撃。ありえない攻撃速度。
まるで、熟練の強者を10人同時に相手にしているほどの圧があった。
「《大地の怪我を癒す者よ》《この身を蘇らせたまえ》」
なけなしの魔素を使い、エコーがローゲンと自分の身体の傷を癒やした。
クラディスの予想通りエコーの使うスキル内に治癒効果のある言霊があった。
しかしながら、その回復効果は治癒士の適性がないものが使ったら微々たるもの。
よって、全回復をしようとするとかなりの魔素が持っていかれてしまう。
だからといって使わないわけにもいかず、戦闘中に二度も使ってしまった訳だが。
「すまん」
「いいよ……でも、なんでアイツ……追撃をしてこなか……った──」
エコーは目の前に広がる光景に息を呑んだ。
ローゲンもそちらに目を向け、同じく言葉が出てこなかった。
そこには骨と少しばかりの肉が着いているだけの死靈が溢れかえっていたのだ。
「なんっ……だ、それ」
「これは一体……」
ゴブリンキングやフォレストウルフ、ウッグにオーク。巨人などもそこには見え……そして、その先程まで戦っていたメガネの後ろには上半身だけの死神がいた。
細長い柄を両手で掴み、己の巨躯よりも大きな剣を地面に刺している死神の姿が。
そして、そこに上空から渡黒鴉が現れた。片目を失っていてもなお、捕食者としての威厳を保つ鳥類最強種が、目の前にいる。
「まだ戦うっていうなら……この子達が相手をしてくれるみたいですけど……」
どうします、と聞かれてもすぐに答えが喉から出てくる訳もなかった。
「死霊術……」
「禁術だぞ、それは。貴様は一体……」
その問に答えは返ってこなかった。
「降伏しますか?」
「お前は魔導士じゃないのか……!」
「問いに応じろ」
圧に唇を噛みしめる。
コイツは只者じゃない。
巷で噂のレコードホルダー。
不堕姫が転生者だと言われていたが、コイツの方がよっぽど転生者じゃないか。
「俺達は屈しない! 貴様なんぞに屈してたまるか!」
「そうですか。まぁ、何か理由があるんでしょう」
というと、ソイツは微笑んだ。
「紫蘭之団に選ばれる善人が、理由もなく人を殺そうとする訳がないか」
「お前……俺達のことを知って」
「エコーとローゲン。名前も知ってる」
喉が締め付けられる思いがした。
コイツ、自分たちのことを知っていて戦っていたのか。
「紫蘭之団はデュアラル王国を襲った魔族を撃退した人で作られた……いわばお人好しの部隊だ」
そういうとレコードホルダーは手を差し伸べてきた。
「そんな人達が人を襲う理由。詳しく聞かせてくれませんか? ただ戦いたくて戦っている訳ではないんでしょう?」
これは提案や問いではなく、命令だ。
聞き入れなければ殺すと言っている。
「くそ……ッ」
「ローゲン……」
「言うことを聞いてくれないなら、言うことを聞かすまでだけど。……言っておくが、殺そうとした奴を生かすほど僕は甘くないからね」
レコードホルダーは指をクイッと動かし──それによって頭が上がらなくなった。
「ッ!?」
「これっ……なにがっ……!?」
本能的に体が動かなくなった。
なぜ、自分たちはアイツに頭を下げているんだ!?
分からない。分からないが、体が動いてくれないのだ。
「グヌゥ……!!」
どれだけ抗おうとしても体が動かない。
まるで、目の前のこいつを格上だと認めてしまっているように頭を垂れる。
何者なんだ、こいつは……!!
「種族スキルだよ。怖がらせてごめんね」
──パッと圧が消え、頭が上がった。
彼の顔を見ると、にこやかに笑っている。
「こういう手段も取れるんだよって教えておかないとさ。……君たちは不真面目みたいだから」
歩いてくる。
緩慢と。
油断をしている様子で。
目の前に止まり、腰を折って顔を覗き込んできた。
「で、どうする? 襲った訳を話してくれるかい?」
その言葉に首を横に振ることはできなかった。




