503 親友だから
ベッドで起きた。
滝のような汗をかいていた。
いつものことだ。
すぐに宿を飛び出て、レヴィに不思議な顔をされた。
「おい、ムロ! どこに行くんだ!」
いつもは無視するその言葉を聞いて、ムロの足が止まった。
「……レヴィ。俺さ──」
レヴィをダミアンの救出に連れて行ったこともあった。
だが、その結果は……分かっている。
レヴィも死んで、ダミアンも死んで──親友を2人も失ってしまう。
その時の情景がフラッシュバックした。
「っ……! なんでも、ない……」
急いで乗り合いの馬車に向かった。
ロバート公爵領までの最速方法はコレだった。
ここで聞く噂話も途中で寝泊まりする場所も知っている。
1日目の夜にその馬車を乗り捨てて、夜中に走って行くと他の馬車がある。
それに乗せてもらい、3日目の昼頃にロバート公爵領に着く。
中央通りを抜け、聞き飽きた客の呼び込みの声や、転生者を殺せと叫ぶ民衆の横を通り抜け、監査庁の支部の元へ。
「…………」
──交渉としよう。次、戻ったらいつものルートを通らず、監査庁に向かっている私を捕まえるんだ。事情は説明せずとも良い。見たら分かる。
イレネロの言葉が頭を過る。
「……どうせ、嘘だ。信じるな」
その言葉から逃れるために、ムロは時間を確認する。
監査庁の中に入り込む方法はもう確立している。
決まった時間になると、貴族と思われる人物が出入り口から出てくる。
そのタイミングで職員たちが見送りに出てくるから、そこで横から入る。
鑑定士が待ち構えているのだが、5秒ほど経つと職員に呼び出されて部屋に入っていく。だけど、そのタイミングで奥から人が歩いてくるから曲がり角に隠れる。
その高身長の男性は、やがて駆け足になるから身長を屈めていれば気づくことはない。すぐにその道を駆け抜けると、看守達の入れ替わりの時間がやってくる。
固く閉ざされた扉を開きっぱなしにしておき、奥の通路へと入っていく。
空気が悪く、息苦しい場所だ。
この場所の最奥にダミアンは捕まっている。
いつも通りにやってきて、ダミアンの前に立った。
会話する時間なんてない。最初に、ダミアンはムロが来たことを驚く。
──ムロ……お前、どうやってここに……。
そして気づく。
──何回死んだんだよ、おまえ……っ。おれのためにっ……。
それに対して、出るぞと言って、檻をこじ開ける。
そして──逃げて──逃げて……また、捕まって、死んで。
──何度目だムロ。お前はこれを何回繰り返すんだ──
「…………ッ!」
その時、ムロは鉄格子を掴んだ。
ガランッと石畳みと擦れる鈍い音がした。
それは今までの中でやったことがない動き。
なぜその動きをしたのかという理由は、自分でも分からなかった。
「ダミアン……俺さぁ……俺、さ……」
会話をしている暇なんてない。
早くしないと看守がやってくる。
だけど、気持ちが溢れて溢れて、止まってくれない。
「お前を連れて出て、首切りに追いかけられて、それで死ぬんだよ」
話しても答えが出てくる訳もないのに。
聞いたところで自分の気持ちが紛れる訳でもないのに。
なぜか、今回は、気持ちを吐き出したかった。
「…………なぁ、ダミアン……俺、どうしたら良いと思う」
自分の力だけじゃあ変えることはできなかった。
仲間を連れてきたら皆死んでしまった。
だから、ダミアンの話が聞きたかった。
助けてくれ――その言葉を言ってくれたらムロはまた頑張れた。
頑張ろうと思えた。
しかし、ムロが望む言葉は返ってこなかった。
「ゴミで暖を取る必要もない、良い人生だった」
ダミアンはムロの顔を見上げたままにこやかに笑ったのだ。
「水たまりで髪を洗わなくても良い。腹が減ることも……最初はあったけど」
いまもそうか、と冗談を言うように顎を引いて笑う。
何日も食事をとっていない。体はボロボロ。
なのに、彼は笑っていた。
「なんでっ……」
「いいぜ、ムロ。いや……ミロシュ」
「ダミアン……」
「おいおい、俺の名前はルカだろ? そんな名前じゃあない」
ダミアンは分かっていた。
ムロがどれだけコレを繰り返したのかは分からないけれど。
彼が、何度もコレを繰り返しているということくらい。
そして、それがどういう結果になっているということも。
「そんなことを聞いてくるってことは、俺を助けるのは無理なんだろ?」
「……」
「お前は強いからな」
「俺が……強い?」
ムロが涙を流しながらそう問う。ダミアンは頷いた。
「少なくとも俺はお前の弱音なんて聞いたことがないぞ。いつも周りが愚痴ってばっかりだった。嫌だな、腹が減ったな、って。俺もそうだった」
昔のように笑うと、ムロの顔を見上げた。
「でも、お前だけはずっと強かった」
前の世界の最後でもそうだった。
ムロは最後まで弱音を口にしなかった。弱音を吐いていたのはダミアンだった。
「そんなお前が隣にいたから俺は腐らずに生きてこれたんだ。頑張ろうと思えたんだよ」
「……っ!」
元の世界でもムロ──ミロシュは強かった。
そんな奴がこうして弱音を吐いているのだ。
ダミアンには想像もつかないほど死んだのだろう。
そして、絶望して、辛くなって、頑張っても頑張ってもできなくて。
ようやっと、弱音を吐いたのだ。
そんな親友の姿を見て、心配をしない訳がない。
「お前だけでも生きろ、ミロシュ」
だから、ダミアンは強く笑ってみせた。
彼がどんな言葉を求めているのかも知っている。
頑張れ、助けてくれ、と言ってほしいのだろう。
そうしたら、ムロは頑張れる。頑張ってくれるのだ。
だけど、彼は頑張りすぎてしまうから。
親友であるダミアン・フォールはそれをよく知ってるから。
「お疲れ、ありがとうな。こんな俺のために頑張ってくれてありがとう!」
親友のその言葉を聞いて、ムロの体から力が抜けていくのを感じた。
「……ルカ」
だけど、それをしてしまったら──
「…………ダメだ……ダメだ!!」
抜けていこうとしていた力を引き止め、鉄格子を強く握った。
「ミロシュ。もう良い。もう良いんだよ」
「だめだ……だめだよ。お前が死んだら俺は」
「──貴様! そんな場所で何をしてる!!」
時間切れだ。
看守が来てしまった。
ムロまで捕まってしまえば、それこそ生き残る可能性がなくなってしまう。
細い通路の向こうから走ってくる看守を見て、ムロの顔色が失われていく。
「……でも、おれは、おまえを助けるから──」
取り出した武器を構えると、看守たちの動きが止まった。
「武器を捨てろ! なんのためにこんなことをしてるんだ!」
「……ミロシュ……お前……」
俺がやらないとだめなんだ。ムロは自分にそう言い聞かせる。
「俺は……オマエの親友だ! だから俺は最後まで──」
「──オイオイ、なんの騒ぎだ」
「……ッ!!」
奥から見知った顔が現れた。
首切り。イレネロが戻ってきてしまったのだ。
そしてムロのことを見た瞬間、しばしの硬直の後……笑った。
「ああ、すまん。私のツレさ。先に入ってたらしい」
看守たちに引け、と手を出してゆっくりとムロの元へ歩いてくる。
彼女は解析をした。そして、今までのやり取り全てを理解した。
「長年の付き合いでね」イレネロは優しい笑みを浮かべる「それで、どうした?」
歩み寄ってくるイレネロに刃先を抑えられ、肩に手を置かれた。
耳元で彼女はささやく。
──ようやく来てくれたか、と。
ヘビに絡め取られたように手足が動かなくなる。
彼女との実力の差なんて分かっている。抵抗する気にもなれない。
目を上げれば、看守たちがこちらを訝しむような目を向けてきている。
「……俺は……ダミアンが捕まったって聞いたから来た」
「それで?」
「…………おれは……」
──キミを監査庁に売り込む。君はただ転生者を憎んで殺す役を演じたら良い。
そうすることで、少なくともムロの命は助かる。
だけど、ダミアンの命はどうなる……?
やっぱり、ダメだ……!!
「……っ! おれはっ──」
「俺を殺したいんだろ? 今まで騙して悪かったな」
「!?」
後ろから声が聞こえた。
ダミアンの声だ。
「ダミアン……お前……」
イレネロとムロによってその顔は看守たちには届かない。
だから、彼はムロに大丈夫だと伝わるような表情を作った。
「だが、俺はそこの首切りに殺されることが決定してんだ。まぁ、最後くらいは見に来てくれや」
「……ダミアン」
そんなこと言ってほしくなかった。
弱くて脆いムロの心は崩れてしまうから。
逃げ道を見つけた気になって、そっちに行ってしまうから。
「悪いな、この転生者を殺すのは私なんだ。憎いだろうがな」
イレネロに背中を擦られる。よくできました、と褒められた気がした。
瞬きすらできなかった。
悔しかった。
とても、悔しかった。
「でも、どうやってここまで来れたんだ? これが私のツレだったから良かったものの……もう少し、警戒をしておくように──じゃあ、外で待ってて」
今まで散々殺されたけれど、負けたと認識したのはコレが初めて。
アレだけ頑張ったというのに。
こんな結果になってしまうなんて。
背中をイレネロに押され、監査庁から出て行かされそうになった時。
「オイ」
ダミアンから声がかかった。
「幸せに暮らせよ」
振り返ろうとしたムロの背中をイレネロが小突く。
(前を向いて、そのまま出ていけ)
顔を見たら、また辛くなってしまうから。
だから、前を向いたまま応えた。
「……っ、あ、ああっ……言われなくてもっ、そうするさ……」
直感的に、これがダミアンとの最後の会話になるのだろうと感じた。
今まで一緒に生きてきた親友との別れは、据えた臭いのする石造りの空間で。
ムロが出ていこうとする横を看守たちが通り過ぎ、中には慰めの言葉をかけてきた者もいた。
──転生者に騙されていたんですね。
──でも、安心してください。我々が誰一人として逃がしませんから。
──あなたのような被害者を増やさないために、これからも活動をします。
耳にすら入れなくないそれらの言葉を聞いて。
しわくちゃになった顔を看守たちに見られないように顔を伏せた。
視界がぼやけ、地面にぽつぽつと涙が落ちていく。
気がつけば、昼下がりの街路。
多くの人の声が聞こえてくる場所で、ムロは立ち尽くしていた。
どれだけ袖で目を擦ろうとも涙は止まらないし、袖はグショグショになっていく。
鼻水も出てきて、啜れば呼吸がしにくくなって。
吐きそうになって。
「う、ううっ」
救いを求めて。
救いがあると信じて。
ここまでやってきても、結局、変わらなかった。
「う”う”う”う”っ……」
自分たちはちっぽけで。
呆れるほどちっぽけで。
主人公みたいな力なんてなくて。
助けてもらえるような役目もなくて。
それを痛感して、逃れられない現実に心が蝕まれて。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ””あ”あ”あ”あ”……ッ!!」
人混みの中でムロは惨めに独りで泣いていた。




