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502 これは罪だ



「よく笑う奴だったよ。後ろをついてきて、姉さん、と名前をよく呼んできた。それが死んだのだ」


 ぽつぽつと雨が降ってきた。

 それに触れぬようにイレネロはフードを被り、ムロ達を睨みつける。


「私を転移魔法で逃がそうとしたせいで、みんな死んだのだ。解析士というこのくそったれのスキルを護るために……私が生きている方が価値が高いだのと言って死んだのだ!!」


「だが、それに俺達は……関係ないじゃないか……! 俺達は戦争には参加していない! お前だってなんでも分かる目を持ってるなら、それくらい分かってるはずだろ!」


 そう。

 解析ならば、何でも分かるはずだ。

 世界樹に記録された情報を閲覧ができるのだから。

 しかし、イレネロはその言葉に対して首を横に振った。


「分からない……」


「え……?」


「分からないんだよ……。転生者の情報だけは見えないんだ……!」


 顔を上げたイレネロの目尻に涙が滲んでいた。

 解析は、確かに世界樹に保存をされている情報を閲覧できる。

 鑑定よりも多くの情報や関連する情報まで閲覧することが可能。

 当然、戦争後にイレネロは転生者についての解析を行った。

 だが、繰り返すが──世界樹に保存されている情報しか見ることができない。


「見えないって……どういうことだよ」


「それも分からない。転生者に関しての情報だけが……全部消えてるんだ」


 保存されていない情報や、削除された情報は見ることができない。

 転生者の情報は──この時から、世界樹の中になかったのだ。

 

「だから、私は……お前たちがどうやって生きてきたのかが分からない。分かるのは、切り取られた情報だけ。……そこには信じられる情報はない。じゃあ……私は何を信じて戦えば良い?」


「それは……」


 なんと言葉を返せばいいか分からなかった。

 イレネロ側にも葛藤があり、悩みがあることが分かった。

 だが、それを解決するための術をムロは持っていない。


「貴様たちのせいで殺されたんだ。この世界じゃない人間たちに踏みにじられたんだ。……私の愛する人間が。私の愛する土地が──国も世界も全部ッ!!」


「……!!」


 その言葉を聞き、以前の自分の記憶が思い浮かんだ。

 自国民じゃない人間が自分たちの国の土地を踏み荒らし、全てを踏み荒らした光景。

 国が外国の民に乗っ取られ、肌の色の違う人物が我が物顔で闊歩する道。

 文化なんてのも消えて、元々いた住人達が抑圧される国。

 そんな国にいた、仲間たちの疲れ切った顔──


 それにイレネロの顔が重なった。



(ああ……これは……なんだ……そういうことか……)



 ムロはようやく理解した。

 なぜ、ここまでイレネロは理解をしてくれないのかと思っていた。

 だが、単純なことだったのだ。ムロはその答えを知っているから。


 ──あの時、居場所をぶち壊した奴ら側にムロ達は立っているのだ。


「私は馬鹿じゃない。だが、そんな奴らを前にして冷静でいられるほど情に疎く、利口な人間じゃあないんだよ」


 喉が閉まってしまい、何も言い返すことができない。

 結局、この世界でも前にいた世界でも変わらないのだ。

 変わったのは立場だけ。

 ムロ達は昔、イレネロ側にいた。

 その時は、外国からやってきた奴らが殴られたり殺されていたとしても「こいつらはこの国の人間じゃないから」「俺達に迷惑をかけてるんだから殺されて当然だ」と思っていたし、周りの奴らもそれを肯定していた。

 外からやってきて何を求めてるんだ。ここは自分たちの国だぞ。そんな場所を滅茶苦茶にしておいて助けを求めるなんて──と。

 外からきた奴らが苦しもうが悲しもうがどうだって良かった。


 だけど、そうじゃないか。

 あの日、虐められていた少年はムロ達に何かした訳でもなかった。

 あの日、仲間たちに殺された外国の青年は普通に生活をしていた。

 あの日も、あの日も──全部。


 問題を起こした奴らじゃなく、叩ける奴らを叩いていたのだ。

 彼らが自分たちに迷惑をかけた訳じゃないのに。


「────…………」


 今、イレネロが立っている場所は、かつてムロ達が立っていた場所。

 今、ムロ達が立っている場所は、かつての少年達の立っていた場所。


「貴様が死ねばいいのだ、ダミアン・フォール!」


「……!」


「貴様の友はっ、親友は! 果敢に私に挑んで来ているぞ!」


 ──ああ、ダメだ。

 ムロはもうイレネロのことを理解してしまった。

 彼女の気持ちを理解してしまったのだ。


「だというのに貴様はなんだ。座っているだけか!? 情けない……!!」

 

 イレネロが鎌を強く握るのを感じた。

 背中の皮膚を刃先で触れられたような感覚が襲う。

 悲しみ。後悔。

 そして、明確な殺意。

 

「おい、やめっ──」


 手を伸ばせどイレネロの決意が曲がる訳もない。

 振り抜かれた大鎌による斬撃を止められる実力もない。

 結局、ムロの願いは聞き入れられなかったのだ。


 その結果が……これだ。


「………………あ」


 ダミアンの死。

 親友の腹が裂かれ、涙を目尻に浮かべて息絶えた姿。

 糸が切れたように倒れ込み、バシャンッと水しぶきを上げた。

 水たまりにどくどくと血液が滲み、赤へと染め上げていく。


「う、うああっ……!!!」

 

 ムロは悟った。

 もう、どうしようもないのだと。

 イレネロにはイレネロの理由があって。 

 それは、会話などでは解決しようもない話で。


「ああああああああああああああああああ!!」


 絶望をすることしかできない。それしかできない。

 親友の亡骸を近くに抱き寄せ、溢れ出て止まらない臓物を拾おうとして上手くつかめずに手からこぼれ落ちていく。

 

「ダミアンッ……ダミアンっ…………」


 拾ったところでなにがどうなる訳でもない。

 それでも、少しでもダミアンがいなくなるのが耐えられないから。

 ぐちゃぐちゃになった感情で、喚き散らしながら亡骸を支えて腸を拾った。

 意識のない親友の体はいつもより重たく感じて。

 でも、段々と軽くなっていくのも感じて。

 冷たくなっていって。

 

「あ、あああああっ……! 嫌だっ……! なんで、俺は……っ、俺達はッ!」


 また、繰り返す。

 これを、また繰り返す。

 7日前に戻って、ベッドの上で息苦しくなって。

 3日間かけてロバート公爵領にやってきて。

 監査庁の職員たちの目を盗んで、侵入して。

 そして──また、殺される。

 

「なにをしたら……良いっていうんですか……? 俺はっ……ぼくは……どうしたら良いんですか……?」


 生気を失い、色が抜け落ちていく親友の体を支えながらムロは頭を垂れた。

 もう、顔を上げることができなかったのだ。

 現実を見たくなかった。

 現実はつらいことばかりで、生きてるだけでこんな目に合うから。

 親友の体を抱き寄せ、別れたくないと強く握った。 


「どうしたら……助けてくれますか……? おしえてください……おねがいです……たすけて、ください……」


 だけど、そんなことを言ったとしても解決しないことなんて分かっている。

 自分がそうだったから。

 かつてのダミアンもそうだったから。

 だから、これは変わらないのだ。 

 だって、助けてくださいという彼らの主張を自分たちは聞き入れなかったのだから。


 ──これは、罪だ。


 自分たちがしたことをし返されているだけ。

 それに異を唱えることなんて出来やしない。

 何もしていなくても、ただ生きていただけでも、あの日の自分たちがやった行いが『ムロ達が殺される理由』になっているのだから。


「…………もう、……いやだ…………っ」


 そんなこと分かってるけど、助けてほしかった。

 誰かが急に現れて助けてくれる未来を信じていたかった。

 大丈夫だよって。君たちは悪くないからって言ってほしかった。

 そんな展開を心待ちにしていたんだ。

 だって、これは、あまりにも、ヒドイ話なんだから。



「──ムロ、提案だ」



 その視界に足先が見えた。

 ぐちゃぐちゃな顔で、イレネロの顔を見上げる。


「私は君が気に入った。友を護るために身を削り、何度も私に挑んでくるその気概は褒められるべきだ」


「……なにを、いって……」


「交渉としよう。次、戻ったらいつものルートを通らず、監査庁に向かっている私を捕まえるんだ。事情は説明せずとも良い。見たら分かる」


「それで、なにを……」


「キミを監査庁に売り込む。君はただ転生者を憎んで殺す役を演じたら良い」


「俺が……ダミアンを……?」 


「ああ。それで丸く収まる。どうせ、捕まったコイツはもう助からない。助かったとしても一生追いかけられる」


 答え。だとしても、それが納得できる答えかどうかは別だ。

 だが、イレネロは分かっていた。

 これほどまでに憔悴している者は扱いやすく、提案を素直に聞き入れる──と。

 だって、今までの転生者はそうだったから。

 だが、ムロの瞳は……まだ死んでいなかった。


「ふざけるなよ……ふざけるな……ッ!!」


 ムロは落ちていた武器を拾い上げ、イレネロに向けて構えた。

 両足が切断されているというのに、その気迫は一丁前なもの。


「俺はっ……ダミアンを助ける……!」


 ──イレネロの瞳に影がかかるのが見えた。

 だけど、そこだけは折れてはならない場所だから。


「お前のそんな誘いに乗るわけがないだろ!! 一緒に生きるって決めたんだ。約束したんだ……! この世界じゃあ、一緒に大きいことしようって……! だから──」


 ぐら、と視線が揺らいだ。

 瞬きの間に、イレネロの大鎌の位置が下から上へと移動をしていた。


「なら、一生戦おうじゃないか。良いストレス発散になる」


 今までの戦いは、全力を出していなかったのか。

 その攻撃速度は今のムロには見ることさえ叶わなかった。

 崩れていく体。

 ──溢れ出す血液と涙に意識が引っ張られる。

 唇を噛み締め、イレネロを睨みつけた。


「――――……」


 そして、ムロは何度目か分からない死を迎えた。

 その死体を前にして、イレネロは大鎌をしまい込んで表情を消した。


「お前ほどの男が……なぜ、そこまでして?」

 

 名前:ムロ・アルゴル

 スキル:時間遡行 魔素隠蔽

 異世界での旧名:ミロシュ・クレメンナート 

 異世界での死亡理由:餓死。戦争孤児。ミシェルを温めようとして死んでいることが死亡から2週間後に発見された。

 その遺体は路地裏でゴミと共に焼却処分をされた。


 名前:ダミアン・フォール

 異世界での旧名:ミシェル・ルカ

 異世界での死亡理由:餓死。路地裏にてミロシュと共に死亡。

 両親が犯罪を犯して若くして孤独の身。ミロシュとは少年時代に出会った。

 遺体は路地裏でゴミと共に焼却処分をされた。


 解析をしたとしてもコレ以上の情報は出てこない。

 彼らが何をしていたのかという知りたい情報なんて出てこない。


「………………」


 100年間もこの無謀な突撃を繰り返すその精神。

 親友を救おうとするその心。

 敵だとしても尊敬できる部分が多い。

 イレネロは着ていた服をムロの遺体に被せた。


「おまえのような転生者も……いるんだな」


 開きっぱなしの瞳孔を手で閉じ、イレネロはその場所を後にした。


 ──再び一日目がやってきた。


 

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