500 首切りのイレネロ
解析士からは逃げ切ることは不可能。
その事実が分かると、ムロは立ち向かうことを選んだ。
「ムロ……お前……」
「大丈夫だ。俺だって転生者だ。ダミアンほどじゃないけどさ、ちょっとはやるんだぜ……?」
当時のムロのレベルは400足らず。
一方、単騎で乗り込んできた解析士のイレネロ。
──レベル820。
分血の暗黒森人の寿命は森人種なだけあり、不定命に近い。
そのため、彼女ほど生きている個体が弱いわけがない。
戦争を何度も経験し、転生者の殺し方をしっている彼女にムロが勝てる見込みなんて無いに等しい。
だが、それでも、ムロは立ち向かっていく。
「なんだ、もう逃げないのか?」
「ああ。……少しでも生き残れる方法を考えたらな」
武器を握る手が汗ばむ。
「そうか」
リリー・フィン・イレネロ。
彼女が使う武器のことはムロも聞いたことがある。
鉱人の工匠が作った大業物。
それが、彼女の持つ【不確実】だ。
色合いは黒と深紅で形作られており、鎌の刃部分はイレネロの瞳と同色でギラギラとした異様な雰囲気を放っている。刃の付け根から長い柄につれて赤黒い竜の尾が纏うようなデザインが施され、その雰囲気を損なわないようにと柄は棒のように真っすぐではなく角ばって波打つような形に。
「まさかお前、勝てると思ってる?」
イレネロは己の体よりも大きな鎌を振りかぶった。
「この私に?」
「……っ」
ムロは彼女の扱う鎌の効果を知っている。
だからこそ、まだ望みはあると信じていた。
彼女は有名で扱う武器すらも吟遊詩人の歌によって語られているからだ。
荒々しく、刺々しい大鎌の効果は──通常斬撃ダメージ0だと。
ただ、クリティカルヒットを叩き出せばダメージが入るというピンキリな武器。
普通の人間が扱えば、木の棒にも劣る効果しか発揮ができない欠陥品。
そんな武器を振り回す狂人が、目の前のイレネロという処刑人だ。
だから、まだ逃げるよりも戦闘を選んだ。
だが、その決定をあざ笑うようにイレネロは武器を振るった。
「逃げるも、戦うも、詰みだ」
その一振りで空間が悲鳴を上げた。
キィイイイイィイィッと耳を塞ぎたくなるほどの甲高い音と共に空間が割れる。
「──!?」
割れた空間に体が吸い寄せられていく。
抵抗をしても、足が一度浮いてしまえば後は抵抗むなしく吸い込まれるだけ。
そして、浮いて死に体なムロとダミアンの頭部に鎌を振り下ろした。
「お前程度じゃあ、私に勝てないんだよ」
視界が真っ暗になり──目覚めたのはアサルトリアの拠点の寝室だった。
「はっ……ハァッ……! くそっ……!!」
7日前に時間が戻った。
再び、ムロの途方もない死に戻りの生活が始まった。
何度か戦わずに逃げるという選択肢を取った。
だが、彼女はムロ達を必ず見つけて殺してきた。
街中に息を潜めたこともあった。それでも見つかってしまった。
それに──彼女は、ムロを一目見た瞬間から「今までの戦い」を思い出すのだ。
時間が巻き戻っているとしても、世界樹には情報が蓄積されている。
だから、どうやってムロという人物が戦うのかを全て知っている。
だが、ムロは諦めなかった。
(アイツの武器のハズレさえ引くことができたら……)
通常斬撃ダメージ0。
ソレに一撃で殺されている理由は分からないけれど。
彼女の攻撃がたった一度でもダメージにならなかった場合、それは大きな隙になる。
その隙に殺す。殺せれる。殺してやる。
それが、ムロに残された希望だった。
「ハッ……ハ……ッ……くそっ……!」
血液で泥濘んだ地面を掴み、目の前の女を睨み上げた。
「これで、27回目かな? よくもまぁ、諦めないものだ」
一撃目で腕が持っていかれた。
今回はまたダメだろう。だが、諦めたらダメだ。
(コイツの出来損ないの武器が一度でも空振れば……まだチャンスはある)
そう思い、ムロは片腕の状態で立ち上がる。
ダミアンはまだ戦えない。ムロだけで戦わないとダメだ。
「ふぅ――ッ」
鋭く息を吐いて、集中をした。
あの武器のトリガーを探さなければならない。
クリティカルの条件はなんだ。
通常攻撃になれば問題はないのだ。
野球のバットのミートのようなものなのか。
だったら、距離が問題で──
「くっ……くくっ」
思考を巡らすムロの様子を見て、イレネロは口元を覆った。
「……? なにがおかしい……」
「いや、貴様も他の転生者と同じだなと思ってな?」
そういいながらイレネロは笑う。
「……私の武器の噂話を聞いたのだろう? この、不確実のことを」
鮮血を固めて作ったような武器を撫で、ムロのことを見下した。
「聞いた。欠陥品だと」
「そうだな、確かにそうだ。欠陥品だ。あってる」
肯定が否定に聞こえる。
ムロは腹の底に違和感がたまるのを感じた。
「っ──! 嘘ではないことは知っている! 大勢の吟遊詩人が言っていた!」
イレネロのことは徹底的に調べ上げた。
吟遊詩人や監査庁の人間に話を聞いたこともある。
「それに、鉱人がお前の武器について話をしてくれた」
武器を作ったとされる鉱人に話を聞きに鍛冶の街にまで行った。
そうしたら、皆は口を揃えて同じことを言っていた。
普通に使えば何も切れない欠陥品だと。
「だから、お前の武器の効果は知って──」
「ああ。嘘ではない」気味の悪い笑みを浮かべる。「嘘ではないとも」
「……じゃあ、なんで笑っている……!」
ムロは失った片腕を抑えながらイレネロの武器から目を離さずにいた。
緩やかに刃先が下りていき、地面に触れる。
聞き及んでいた効果ならば何も起きない。
しかし、現実は違った。
──スパンッ。
「なっ──!?」
先程まであった足場が消し去り、居心地の悪い浮遊感が足裏を包む。
地面が割れたのだ。
たった、刃先を地面に触れさせただけだというのに。
──ムロは知らなかった。
「私の不確実は一般人が使うと確かに欠陥品だ。これだけ鋭利な刃先だというのに、殴られても切られても痛くはないし、血が出ることもない」
割れた地面にムロが吸い込まれていくのをイレネロは見下ろす。
──ムロは彼女の扱う武器の本当の効果を知らなかった。
彼女は笑った。思ったとおりに動いた転生者を前にして、堪えきれずに笑った。
「だが、弱点特攻時に持ち主の能力の2倍~10倍の致命的損傷を敵に与えるという効果がある。そしてそれは、人体以外の地面、魔法、目の前の空間の【弱点】にも該当をする」
先の攻撃は地面の弱点を特攻しただけ。
ムロの腕や足を切断しているのは、その部分の弱点を特攻しただけ。
「だが……そんな都合よく弱点なんて」
「おいおい、私を誰だと思ってる。解析士だぞ?」
通常の攻撃を毎回、致命的損傷させる技術は上位の冒険者であっても不可能。
それを可能にさせているのは、彼女の目である──解析だった。
「だから、私は負けないんだよ。くそったれ」
「だがっ、アイツラはそんなことは言わなかった!!」
「私が情報を操作したんだよ。バカを釣るようにな」
「──っ!?」
イレネロこそ徹底していたのだ。
「殺せれると勘違いしたバカを返り討ちにするために、吟遊詩人や鉱人に金を握らせた」
自分が転生者にとって都合の悪い存在だと知っていたから。
だからこそ、都合のいい情報を流し、誘っていたのだ。油断を誘うために。希望を見出して殺しにくる馬鹿を殺すために。
そこに抜け目などない。
「どういうことか分かるか?」
イレネロは問いながら、再び大鎌を振り抜く。
「淡い期待なんぞ捨てろ。どうせ勝てん」
空中にあった《弱点》を特攻した【不確実】は確率すらも操作し、10倍のダメージを叩きつける。
歪が広がって行き、それが弧状のブラックホールへと姿を変え、ムロに向かって襲いかかった。
「貴様のような転生者をわたしは山程殺したからな」
ムロの視界は暗転し、いつもの屋根が見えた。




