498 ミロシュとルカ
元の世界で2人は親友だった。
いつから仲が良かったのかは覚えていない。
近所にいたとか、そういうのではない。
同じ学校に通っていたとか、そういうのでもない。
ただ、国がぶっ壊れて身寄りのないガキ達が作ったコミュニティに二人は所属をしていた。
そこで知り合ったのは覚えてる。
「おーい、ミロシュはいるか! ミローシュ!」
「どーしたよ、ルカ。そんなにはしゃいで」
身寄りのないガキが居場所を求めて作った集団
言い方は可愛いもんだが、違法行為に片足を突っ込んだことも平然と行っていた。
国がまともに機能をしていないから、そうしなければ生きていけないのだ。
「エロいお姉さんいた! 尻のでかい!」
「それをそんなテンションで話してくれるな……」
「良いから、見に行こうぜ! 尻のでかい女が無防備に歩いてんだ!」
「なにするつもりだよ」
「そりゃあプロポーズだろ。体に気を遣ってるってことは金持ちだからな!」
ただ死ぬのには早いから、生きていただけ。
生きていたい訳ではない。
死ぬと生きるの間になにかあれば、そこに収まっていただろう。
だけど、そんな都合の良いモノはないから生きていただけ。そんな人生だった。
「こっちこっち! あれ、もういなくなってる……」
「尻のでかい女は歩くのも早いだろ。一歩がデカイんだ」
「くそぉ……見せてやりたかったのに……」
残念がるルカを見て、疲れたように笑った。
年齢は二人共数えていなかった。年上や年下っていう概念はない。あったとしてもそれがなんの役にも立たないことを知っている。
ただ、体の大きさはルカの方が大きく、ミロシュよりも何歳かは上に思える。
そんな奴が「日々の楽しみ」をこうやって共有しようとしていることが、ミロシュにとって大切とまではいかないものの日々の刺激の一つだった。
そうして自分たちの居場所に帰ろうとして、仲間たちが集まっているのを見かけた。
「なにしてんだ?」
「あン? なんだ、ルカとミロシュか。こいつが俺達にガン飛ばしてきたんだよ」
寄って集って虐めていたのは……肌の色が違う少年。
怯えるような瞳でミロシュ達を見上げる。
助けを求めているような気がした。
「…………」
だが、二人の表情にはなんの変化もなかった。
「そーか。まぁ、ほどほどにな」
「なんだ、やんねぇのか? コイツらのせいで俺等の人生がくそったれになったってのに」
「気分が乗らないからパース」
「俺も良いや」
そういって、自分たちの場所に戻っていった。
そのあと、あの少年がどうなったかなんて知らない。興味もない。
外国からやってきて、自分たちの待遇を良くしろと叫び散らし、国を乗っ取った奴らのことなんて──心底どうでもいい。
彼らの未来は政治によって黒く塗りつぶされていた。
外国からやってきた奴らがこの国をめちゃくちゃにして。
元々いた国民を冷遇し、外国からやってきた奴らの待遇を良くして。
そうして文化も治安も何もかも廃れてしまった。
その結果、居場所を作るためにコミュニティが点々と出来上がった。大人からミロシュ達のような子どもまで年齢層も性別もバラバラ。でも、仲は良かった。仲間だと思っていたし、友と呼んでいた。
国が自分たちを見捨てたから、自分たちも従う義理はない。ただ、居心地のよい場所を作り、誰にも邪魔されないようにしたかったのだ。
そうやって細々と生きていた。
綺麗な服なんて着ていなくとも、2人は生きていた。
確かに生きていたのだ。
しかし、それを国が放置する訳がなかった。
──数年後。
国は完全に変わってしまった。
国民が変わり、元々いた地元民を迫害しようと国が動き出したのだ。
都合の良いように制度が変わり、法が変わり、文化が変わった。
「なぁ、大人になったら何したい?」
寒い路地裏で、膝を抱き寄せて暖を取りながら隣のルカに声をかける。
「もう大人みたいなもんだろ、俺ら」
「だな。まぁ、思ってたような大人じゃあないが」
「違いない」
こんな話を幾度と繰り返した。
食い物もない。飲み物は雨水を貯めて飲んでいた。それでも足りない。
表の路地では人々が声を張り上げながらデモ行進を行っていた。
それに参加する気力もなく、参加したところで未来が変わるとも思えない。
元々いたグループは立派な服を着た警官隊によって制圧され、二人以外が捕まった。
どこかで恨みでも買ったのだろう。
どこで買ったか分からないほど、色々なことをした結果なんだろうが。
たまたま、二人が出かけている間に起こったことだった。
警官隊も前と同じ服を着ているが、袖から見える色は自分たちの色じゃない。
何を喋ってるのかも分からない。馬鹿にしてるっていうのは声色で分かる。
「…………ミロシュさ」
「なんだ?」
「……なんでもない」
一般的に大人だと言われる年齢になったけれど、大した学もなく、貧困から抜け出せる見込みなんてない。あるわけがない。
人に向けてはならない目で見られたとしても、言い返すことも見返すこともできないし、方法も分からない。
「なんでもないってことはないだろ。どうしたんだよ」
新しい国の主導者の肖像画をペンキで赤く塗りつぶしたことはあった。
でも、それで何かが変わる訳じゃなかった。
腹いせに外国からやってきた生意気な奴を殴ったり、蹴ったりした。
そのときは気持ちがスッキリした。
裕福な奴を襲って死んだ仲間もいた。
それはさすがにやりすぎだと思った。
所詮、その程度の思いしかなかった。
本気で何かを変えようと思ってはいないし、現状の鬱憤をどこかで晴らすことができたらそれで満足していた。
外国の奴らに国を好き勝手に荒らされたら腹が立つし、肌色が違う奴らが知らない言語で喋りながら街を闊歩してるのを見たら不安になる。
だけど、どうしたらいいか分からない。
分からないのだ。
「…………ルカ?」
生きる理由も見いだせず、相変わらずお金の稼ぎ方も分からない。
仲間がいなくなり、この国が自分たちの国じゃなくなって、居場所が無くなった。
それでも、2人だけで頑張って生きた。生きていたのだ。
だが、それももう限界だ。
次第に体が弱っていくのを感じる。
腹の虫も餓死したのか、いつの日か鳴らなくなった。
瞼が重く、視界の縁が黒く濁る。
「悔しいなあ」
痩せこけて行き、体温の調整すらもままならず。
足先が腐っていく感覚に自分の死を感じながら。
遠い向こうにあった未来が、黒く変色して目の前にいることに気づいて。
「俺はもっとデカいことしたかったんだよ。こんな、誰かの捨てたゴミで暖を取る……大人なんかにはさ」
「ンだよ。死ぬのか? 水たまりで髪を洗うのも嫌とか言い出すなよ」
「…………そうだな」隣のルカはソレを乾いた目で見上げた。「そうだな」
惨めで、辛くて、悲しくて。
でも、涙なんて出る訳もなかった。
忘れさられた国の、誰も近寄らないような場所の奥で、骨と皮だけになった彼らはその会話を最後に目を瞑った。
──それがこうして、一緒に歩き、飯を食べ、仕事をしている。
「この世界じゃあ、デカイことしてやろうぜ!」
「ああ。そうだな」
ムロは報われた気がした。
元の世界で苦しんだ分、ご褒美をもらってるんだって。
何度も死んだ痛みさえ気にならなくなるほど、その日常はムロのかけがえの無いものとなった。
だが、その幸せな時間もすぐに幕を閉じることとなる。
──領土戦争から約一年後。
ダミアンが、内部告発によって捕まったのだ。




