497 ムロとレヴィとダミアン
――数十年前。
某国の路地で餓死した少年は、ムロという名前の少年としてこの世界に生を受けた。
持ち得ている能力は、時間遡行と魔素隠蔽。
それ以外に突出したスキルは持っていなかった。
故に、その少年は転生者にしては弱く、それらの能力も役に立つことはなかった。
始まりの地で34回も死亡した時にようやく、その時間遡行がスキルレベルの数と戻れる日数が関係していることに気づいた。
何回も死ねば、その分スキルレベルが上がっていく。皮肉なものだが、死ねば死ぬだけムロの実力も上がっていった。
そして、冒険者登録の時。
長い待機時間の暇を潰そうと、自分の前にいた魔法使いに声をかけた。
青みがかった黒髪を女のようにして伸ばしている魔法使いに、だ。
「なげぇ髪してんな」
と、言ってみた。
男なのに女みたい。まぁ、魔法使いということは後方で魔法を打つだけのビビリだから男らしくはないか……第一印象はその程度だった。
だが、その彼は前を向いたまま。
「うるさいぞ」
と淡々に言った。どうやら言われ慣れているようだ。
その態度が気に食わなかったムロは少し強めに言い返す。
「そんなに声は出してねぇだろうがよ」
「初対面から慣れなれしいな」
かっちーんと来た。この女男魔法使いは存外口が立つ。
今思えば、魔法使いが口論に弱いわけがなかったのだが、このときのムロは知らなかった。だから、その綺麗な髪を手で梳きながら。
「この程度で馴れ馴れしいとか、引っ込み思案か? お嬢ちゃん」
その煽りに乗るかと思っていたが、その少年は前を向いたまま鼻で笑った。
「品がないな、クソガキ」
「!? てめぇもガキだろうがよ!」
それがレヴィとの出会いだった。
冒険者登録が進み、それぞれが別々のパーティーに属すことになった。
だが、二人ともパーティーから蹴られることが多かった。
ムロは戦闘要員であるが実力は中の下。レヴィは補助魔法ばかり使うため、前線の負担がとても大きかったのだ。
二人は余り物としてギルドの集会場によく出入りするようになった。
「……またいるのか女男」
「なんだ、貴様。またパーティーから蹴られたのか?」
「お前もだろうが」
お互いに『冒険者の集会場にずっといる奴』という認識があったが、決して組むことはなかった。
((こいつは性格が終わってるからな))
第一印象が悪かったからだ。
だが、余り物は余り物。やがて誰も組んでくれなくなってしまった時。
「…………」
「…………」
「なぁ」
「ンだよ」
「お前、ずっと余ってるよな」
「お前もな」
「「…………」」
同じ卓に座っている二人。
もう組んでくれる相手がいない。
だから、もうコイツと組むしかない。
けど、それをどっちが言い出すかが重要だった。
互いにプライドが高く、しばらく無言が続いた後。
「…………どうすんの」
「なにが」
「お前、冒険者辞めたらなにかしたいことでもあんの?」
ムロがそう質問をした。
別に何か意図があった訳では無い。眉を顰めるレヴィにもそのことが伝わったらしい。
話さなくてもいいが、話さない理由もないし、聞かれたら答える義理もないが、気まずいから答える。
そんな気持ちでレヴィは前を向いて話し始めた。
「……魔法使いとして成るためには、研究機関に属す必要がある。それの一番大きいところは魔導士協会で、そこに入るための最短は冒険者として名を上げることだ」
「普通の職員じゃダメなのか?」
「一度きりの人生で妥協をするとして、それは生きているというのか?」
レヴィのその言葉がムロの心を動かした。
転生する前の記憶と、今のレヴィの言葉を重ね……自然と笑みがこぼれた。
「……そうか。そうだな。そうだったわ」
「……?」
「つまんねぇプライドで人生を棒に振るなんて勿体ないよな」
ムロは立ち上がって、レヴィに向けて手を出した。
「俺の名前はムロ。お前の前衛になってやるよ」
「……なってやるだと?」レヴィは鼻で笑った。「言葉遣いを改めろ」
「イヤだね。下手には出ねぇよ。ほら、どうすんだ? 行く宛がないんだろ?」
レヴィは心底嫌そうな顔をしたが、やるべきことは一つしかなかった。
ムロの出された手をレヴィは握る。
「私の名前はレヴィ。お前のサポートをしてやる」
「上等だよ、クソ野郎」
こうして2人は共に行動をするようになった。
最初はたくさん死んだ。だが、徐々に互いの癖が分かってきた。
後衛のレヴィは得意としていなかった攻撃魔法や防御魔法を使うようになり、前衛のムロは全滅する度に時間を元に戻し、戦い方を変えた。
(二人で戦うなら……前衛が潰れたら総崩れになる)
何度も戦い。何度も負け。その度に戦闘スタイルを変えて行く。
レヴィもムロの的確な指示に合わせるようになり始め、そう頻繁に死ぬことはなくなっていった。
だが、金等級に上がることが難しかった。
「序盤の失敗数が足を引っ張ってるな」
「それに、これ以上は二人だと厳しいか」
これ以上強くなるためには仲間が必要だった。
だが、相変わらずアテなんてない。どうしたものかと思っていた矢先、通りでとある人物を見かけた。
その口ぶり、自信のある振る舞い方を見て、ムロの中で1人の人物が頭に思い浮かぶ。
「────ルカ?」
ムロは元の世界の名前を口にした。
すると、突如として聞こえてきた名前に驚いた彼は声主であるムロを振り返る。
「なっ、なんで俺の名前を」
「おまえっ、本当にルカか?」
見た目が違う。声も違う。
だが、ムロの中にあった記憶は目の前の青年をかつての旧友だとして認識をしていた。
そして、それはあちらも同じだったようだ。
「あーーー! お前ッ! ミロシュか!!」
ムロも元の名前で呼ばれ、一気に表情に花が咲いた。
久々の再開に熱い抱擁を交わし、人混みの中だというのに抱き合ったままぴょんぴょんと跳ね回った。
「本当にルカなんだな!」
「ああ! 俺をその名前で呼ぶのはお前くらいだもんな!」
背丈が少し小さい彼はムロの頭を無造作に撫で回った。
少年らしい笑顔で笑うムロに、傍から見ていたレヴィは「ガキっぽいところもあるんだ」と呆れて笑ったものだ。
それが、かつての友人との出会いだった。
底抜けの笑顔で笑う彼は、ミシェル・ルカ。
この世界の名前はダミアン・フォール。
眉毛下辺りまで伸びる金髪。瞳は黒く、目尻がやや垂れ気味な優しそうな好青年だ。
成長途中のムロよりも少し小さく、華奢。だが、その実力は本物だった。
扱う剣は青白く光り、特殊な加工がされていることが一目見て分かる。大業物だ。
背中に背負っている盾は転生してすぐに仕留めた海竜種の鱗から作られた大盾。
盾と剣で戦う。虫すらも逃しそうな優しい顔をしているというのに、近距離特化な戦闘スタイルらしい。
「ミロシュは」──「ムロな。レヴィがなんのこっちゃわからんだろ」――「……ムロは今はパーティー組んでるのか?」
「コイツと組んでるよ」
後ろでレヴィが会釈をして、ダミアンはふーんと唇を上げた。
「女か」
「男だ」
「悪い悪い。じゃあ、二人と俺で一緒に組まないか?」
「良いけど、良いのか?」
「ああ。ソロで活動中だったからな」
「ルカらしい」
「おいおい、ダミアンと呼んでくれ」
さっきのやり返しみたいだ。相変わらず子どもっぽいところがある。
「ダミアン……? まて、あのダミアンか?」
「レヴィ、知ってるのか?」
「ああ。同期の中で一番名が売れてる冒険者だ」ムロになんでお前は知らないんだという目を送り、ダミアンの方を向いた「なんでソロなんだ? 有名人だろう」
当時の冒険者の中で一番の成長株であり、多くの血盟から引っ張りだこだった人物。
金等級に上がったばかりだというのに白金等級の依頼まで受けて、達成をしているという話も聞いた。
そして、当時の下位迷宮のレコードホルダーだと言われている。
そんな男は、レヴィの問いに歯を見せて笑った。
「だって、ソロの方がカッコいいだろ?」
ダミアン・フォールは、こういう男だった。




