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493 生きてることが何よりの証拠




「レヴィさん、入っていいですか」


「クラディスか? 入っていいぞ」


 ドアを開けてみると、机で魔導書を読んでいるレヴィさんがいた。

 部屋の造りは一緒。机、ベッド、洋服をいれるための箪笥と簡素なものだ。

 

「どうした?」


 言葉は投げかけてくれたが目はこちらに向いてはいない。どうも勉強中みたいだ。立ったままで会話をしても良いが、ベッドに座らせてもらった。

 何から話そう……。


「えーと、何を勉強して──」


「今日、いつもの調子じゃなかったな」


 回りくどい話じゃなく、本題から話せ。そう言われたような気がした。

 背中で語るとはこういうことだろうか。背中を向けられているというのに、どこか安心感がある。


「なにかあったのか?」


 父親のような優しい声色に僕は膝の上においていた手を強く握った。


「……はい」


 あぁ、なんだか、もう、泣いてしまいそうだ。

 聞くのが怖い。関係が壊れるのが怖い。

 けど、ここまで来たのだ。聞かなければならない。


「レヴィさん……もしかして、ムロさんに僕が転生者ってこと……話しました……?」


「話していない」


 ペラ、と魔導書をめくる音がいやに大きく聞こえた。


「そう……ですか」


 だんだんと視線が落ちていく。

 そのせいか、心臓の音がうるさく聞こえてきた。

 話していないということは、ムロさんはやっぱり……。


「話す必要がないからだ」


「…………え?」


「アイツは私よりも早く気づいた。だから、あの時、クラディスを放り投げたんだ」


「…………じゃあ、ムロさんは」


「何を心配してるか分からないが、アイツはクラディスが思ってるよりも色々と考えて行動をしている」


 レヴィさんはページを捲る手を止め、こちらを振り返った。

 デスクの照明に背中を照らされるレヴィさんの顔は、少し怒っているように見える。


「あの時に話をしたことは覚えてるか」


「……殺すなら、最初に殺してるという話ですか」


「そうだ。成長段階の転生者ほど怖いものはないからな」


 パタンと魔導書が閉じられる音で、僕は背筋を伸ばした。

 レヴィさんは椅子に手を添えながら立ち上がり、話を続ける。


「その成長速度は常人のそれを遥かに上回る。その際に監査庁に目に留まるかもしれない。うぬぼれ、他人を見下す人間になる可能性だってある」


「そんなことは」


「多くの転生者はそうだったから。その可能性があった」


 違うと言い切りたい。けれど、これは僕だけの問題ではないということは知っている。

 この世界に絡みついた確執。

 転生者とこの世界の人々の間にある明確な亀裂。

 当然の意見なのだ。


「転生者のことを手助けしたものも罰を受けるということは聞いているな」


「はい」


「それだと言うのに、クラディスは今日まで生きている」


 柔らかい口調の中に、少し強い語気があることに気づく。


「これ以上、説明が必要か……?」


 レヴィさんは僕を諌めるようにそう話す。

 やっぱり、レヴィさん怒ってるんだ。


 ──お前は、俺達がお前を売るようなことをすると思っているのか、と。


 レヴィさんは僕のことを一切口外はしていない。

 ムロさんも僕のことを一切口外をしていない。

 そうだと分かる理由は、僕が今、生きているから。


「……ありません」


 頭が上がらない。

 僕のことを守ってくれてる人を疑ったのだ。

 ──顔に出過ぎだぞ。

 ムロさんの言葉は、ただ注意をしてくれた、だけ。


(でも……)


 じゃあ、なんでこのタイミングで話をしてきたんだろう。なんで、あの時、あの場所で話をしたんだろう。

 それを……教えてほしい。


「……」


 心の蟠りは解消されず、その存在を未だに異物感として主張をしてくる。

 疑いたくないのに疑ってしまう僕が……ひどく小さく思える。

 警戒をするのはこの世界の処世術だと学んだから。

 皆からさんざん気をつけろと言われたから。

 疑ってしまうのは、僕がこの世界に馴染んだことの証明であると同時に――恩人ですら疑ってしまう人間になってしまったことを示している。

 

「…………すみません」


 生きるために必要な術なのに、生きにくく感じる。


「話は終わりか?」


「……はい」


「次はこっちの話をしよう」


 一気に声色が変わった。僕はおずおずと頭を上げる。


「……こっちの話って──」


 と、口にすると、部屋全体の雰囲気が変わった。


「え」


 なんだ、これ。

 皮が向けたような。部屋全体を覆っていた何かが1枚剥がれたような感覚。


「気付いたか。一個目で気づくとは腕を上げたなクラディス」


「……誰かいるんですか、この部屋」


 それは意図的に行われたらしい。

 目の前のレヴィさんは魔素の反応も何も見えなかった。

 何もしていないはず。

 でも、それは、確実に変わっていた。

 綺麗だった衣類の生地がほつれていき、色が変わっていくような些細な変化。

 そして──ピンッ、と一つの点を感じた。

 最大限までに集中させた魔素反応が微量な反応をキャッチしたのだ。


「この魔素……」


 それも近い。

 魔素反応が現れた場所は僕の真後ろ──


「正解だ」


 ──バサッ。

 

「!?」


 一気に視界が真っ暗になった。



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