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492 疑うくらいなら死んでやるよ


 依頼の内容は、覚えていない。

 ずっと腹の中が気持ち悪かったことだけ覚えている。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


「うん」上手く笑うんだ。「大丈夫だよ」


 モンスターを倒した。

 モンスターを倒した。

 金属鉱石を採掘。

 金属鉱石を採掘。

 道を塞いでいた山賊を退治。

 道を塞いでいた山賊を退治。

 ダンジョンの上に巣食う主を討伐。

 ダンジョンの上に巣食う主を討伐。


「おにいちゃ──」


「大丈夫だ、大丈夫」


 会話もちゃんとしたし、不自然なところはなかった。

 いつものように振る舞えれたと思う。

 笑顔は作れるし、歩ける。

 ただ、腹が気持ち悪いだけ。

 だから、だから──…………




「お兄ちゃんさ、変だよ」




 流れていく時間をただ歩いていた僕の肩をアルマは掴んだ。

 流れ落ちていた水を急にせき止めたような。違和感。


「…………なにが?」


 皆と少し離れた場所に僕らはいる。

 

「はやく追いつかないと、変に思われるよ」


 だってそうじゃないか。

 いつものようにしないといけないんだから。


「それどころじゃないの。変だって、お兄ちゃん」


「僕が、変? いつもどおりだよ。ね、アン」


「……」


 アンの表情を横目で見ると、なんとも言えない目で見返された。

 それはどういう感情なんだろうか。

 言いたいことがあるけど、うまく言えないような表情をしている。


「お兄ちゃんの恩人さん達なんでしょ。楽しまないと」


「楽しんでるよ」


「だったら、なんでそんな顔してるの」


「いつもと一緒だよ」


「違うよ。他の人がわからなくても私には分かる。何年一緒にいたと思ってるのさ」


「……気にしなくていいよ」 


「あの時と同じ顔をしてるよ。私のために頑張ってくれた時と一緒の顔。疲れてて、でも愛想は良くしてくれて、でも、時間に動かされてた時みたいな顔をしてる」


「……」 


「気にしなくていいっていうなら、気にしない」


 というと、アルマは前かがみだった姿勢を正した。


「でも、お兄ちゃんが後悔すると思う。あの人達、忙しいんでしょ? 次、いつこうやって一緒にできるか分からないのにさ」


「…………」


「ムロさんと何かあったんだろうけど、恩人で、信頼してるんでしょ」


「……うん」


「だったら──」


「アルマ。もういい。あるじも……わかってる」


 アンが佳奈(アルマ)を制すと、向こうから早く来いよと急かす声が聞こえる。

 そちらに笑顔で手を振って応えて、そのまま腕をだらんと下げた。


「…………いや、そうだね。そのとおりだ」


 なんだか、頭がはっきりした気がする。

 流れに身を任せていた。けど、それは何も考えずに体に染み込んでいた動きをしていただけなんだ。

 昔と同じ。まさにそうだな。ほんとにそうだ。


「佳奈の言う通りだよ」


 パチンッと自分の頬を叩いた。


「お、おにいちゃん……?」


「あるじ……その、強い気が……」


 いや、足りない。

 僕の腐った根性を叩き直すにはまだ足りない。


「アン、ちょっと背中叩いてくれる?」


「え、えぇ……」


「お願い。佳奈も」


「私弱っちぃよぉ? 仕方ないなあ〜」


 と言いながら袖を捲る佳奈。やる気満々だ。

 2人はフゥッと息を吸って、思いっきり背中を叩いてくれた。

 バチンッ!


「うぐっ」


「ど、どうです……?」


「腕折れちゃいそうなくらい強く殴った!」


「うん。ありがと、さいこーだ」


 めちゃめちゃいたい。泣きそうなくらい痛かった。でも、はっきりした。


「ほんと、クソッタレだよ、ぼくは」

 

 何が腹が気持ち悪いだ。

 知るか。

 知ってたまるか。


「恩人を疑うくらいなら、死んだ方がマシだ」


「……ぷふっ」


 僕の言葉に笑ったのは、佳奈ではなくアンだった。

 

「エヴァーチェ(あいつら)が聞けば驚くでしょうな。あるじが死んでしまったら一緒に死んでしまうので」


「そうだね。いまのは内緒で」


「わたしも死んでしまいますが」


「え。アンちゃんもなんちゃら契約したの?」


 ふふんと誇らしげなアンに佳奈(アルマ)が羨ましそうにこっちを見てきた。なんでそんなに契約をしたいんだっての。


「まぁ、それくらいの覚悟で行くってことで」


 必死って言葉と一緒、うん、そんな感じ。


「ありがとう。佳奈、お兄ちゃん、頑張るよ」


「でも疑ってはください? わたしの命もかかってるので」


「大丈夫だよ。疑うことが悪い事だとは思ってない。だけど、不確定なことで不安になるくらいなら、直接聞いてやる。これは疑いじゃなく、疑問点を解消する、だから」


 うん。不思議に思ったから聞くだけ。何も邪な気持ちなんてない。ないったらない。


「お兄ちゃんってワードセンスが他の人とは違うよねー……なんか、頭痛くなりそう」


「佳奈はもっと語彙力増やした方がいいかも」


「なにおぅ。私だって現代文得意だもん! 筆者の気持ち考えるの得意!」


「そうは思えないがな」とアンが鼻を鳴らしてる。


「でも、佳奈はこう見えてやる時はやるから。だらしないけど。なんだかんだやってくれる子なんだよ」


「アンちゃんは知らないだろうけど」──「興味無いからな、貴様に」──「お兄ちゃんと同じ高校に入るためにめちゃめちゃ頑張ったんだから」──「高校?」──「えっ、高校分からないの……? ハイスクール。ハイスクール、すちゅぅーでんと。JKだよ、JK!」


 アンがこいつ何言ってんだって顔をして、そのまま僕の方を向いた。


「僕的には佳奈のワードセンスの方がすごいと思う」


「えええ〜!?」


 その夜、男性陣と女性陣で宿が別々になった。

 全員が全員別部屋を取ることになって、部屋との距離もまちまち。

 黒樫木調で作られている部屋の机で、僕は息を吸って長く吐いた。


「……よし」


 今日一日着ていたワンピースを脱ぎ、いつもの服装に変えた。

 姿見でチェック。髪の毛よし、見た目もよし。

 

(エリル。ごめん、色々と勉強してるところ)


(いーえいえ、暇すぎて太っちゃったくらいですので)


(……レヴィさんの部屋に行くまで話し相手になってくれない?)


(レヴィさんの方なんですか? ムロさんじゃあ)


(ムロさんに話してたならそれで良い。そうじゃないと……)


 レヴィさんとムロさんの間で情報が共有されているなら、まだ希望はある。

 ムロさんが単独で動いてる場合は……。


(……うん。良いですよ~。何話します?)


 僕は自分の部屋のドアノブに手をかけて施錠をした。


(何でも良いよ。エリルの方で何か面白いことはあった?)


(ますたーが勉強してるユラって人からもらった紙が気になるくらいです)


(あー、あれはね。ちょっと自分で解いてみようと思っててさ)


(じゃあ良いですよーだ。日本文化の勉強が一段落ついたから暇なんですよお……)


(最近は何を勉強したの?)


(アニメとか、漫画とか)


(え、見れるの?)


(世界樹ですよ? なんでもあるんですから)


(転生者の情報は無かったのに?)


(あれは誰かが改ざんしてますからね。この世界の第四創造神か、観測者かが)


(とんでもない話だよね)


 階段を登っていく。

 鍛冶場近くの宿屋は広い。安価で借りることが出来たのがおかしいくらい立派な建物だった。

 前の世界の学校の校舎みたいな感じ。横に長く、三階まであるのだ。

 僕の部屋は一階。レヴィさんは二階の端。めちゃめちゃ遠い。

 鍛冶場で完成を待つ人や出稼ぎでくる人が多いから貸し出してるんだと。

 金はあるんだろうから、こういう所で取ろうとしていないんだろう。


(結局、分からなかったんだっけ)


(です。観測者側が独断でやってるならまだマシですが、神様まで絡んでたら大事ですよ)


(ね。全統神が怒るんだっけ?)


(そーです。怖いですよお? 本当に怖いですから。もしそうなれば、創造神は神としての地位を奪われますし、観測者は全員資格剥奪です)


(じゃあ、そうならないために偽造をしたってこと?)


(だと思います。転生者の情報だけを消すのは簡単ですからね。消してもそこまで影響はありませんし、見つかる可能性も少ない)


(特定が難しいって感じなんだね)


(まぁ、私が突き詰めてやりますよ。ご丁寧にログも消してるみたいですけど。……手慣れてるんですよ、ほんと)


(なんかこう、頑張って見えないの?)


(見えないんですよぉ……私も観測者の権限しか持ってないので)


(そうなんだ。じゃあ、見つけたら教えてね。僕もその人に一発や二発くらいは食らわしてやりたいからさ)


(私だってやっちゃいますよ。ますたーをこんな目に合わせてるんですかねっ! シュッシュッ!)


(そうだね。こんな目に合うなんて思ってなかったよ)


 扉の前にまでたどり着くと、再び深呼吸をした。

 

(転生して、疑われて、恨まれて、殺されかけて)


(恩人のことを信用できなくなって)


「ほんと、嫌になるよ。……ありがとう、エリル。頑張ってくるよ」

 

 僕は、コンコンッとレヴィさんの部屋を訪ねた。

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