482 一年越し、念願の
ぐらぐらと揺れる視界をなんとか保ちながら、冒険者の人塊から抜け出した。
ぶぇぇ……僕ってアルコール弱いの……?
というか、この体ってそもそもお酒って飲んで良い年齢だっけ? この世界ってそういう年齢制限ってあるのか?
(アイリスの体だったらワイン飲めたんだけどなあ……)
ふらふらと歩きながら壁にもたれかかり、適当に椅子を引いて座った。
「うぇ……っぷ」
顔の前に手を合わせ、それで顔を支えるというポーズを取る。
自分がなんでこんなポーズを取ってるのかも分からない。
でも、なにか分からないけど楽なのだ。
「みんなすごいなぁ……」
大人たちの飲みニケーションってのはすげぇんだ。
僕にはできっこないや。コーヒーにミルクを入れて飲む人生でいいよ。
「クラディスさん」
「ん、ユットロールさん。やっほー、解放されました?」
「抜け出した」
「人気者は辛いですねー」
「途中で胴上げされてたあなたに言われたくはないですがね」
「酔っ払ったエルシアさんは何をするか分からないからさ」
隣にきたユットロールさんは壁に背中を預け、酔いが回った頭を正すように長く細く息を吐いている。そちらを見上げて、クスと笑った。
「なんです?」
「いいや、なんでもないよ。不思議な縁だと思っただけ」
「……。アサルトリアの人たちと仲が良いんですね」
「うん、命の恩人だからね」
少し気分が良くなったまま、僕は椅子の背もたれに体重を預ける。
脇腹に肘置きが刺さってちょっと痛い。
そんなことをぼやけた頭の向こうで思いながら。
「大好きなんだ。ずっと一緒に入られたら良いなと思うよ」
目の前の情景を保存するように、目を開けたままそう呟いた。
瞬きがシャッターなら、何度も繰り返して押していただろう。
でも、そんなことはないから、1秒に満たない時間でも遮りたくないから。
僕はそれをじっと見つめた。
あれだけ辛い思いをしたアンが仕方がないと口元に笑みを浮かべていて。
異世界に来て苦しかった佳奈が豪快に酒を飲んで、エルシアさんと腕相撲をしてすっ飛んでいったり。
エルシアさんが急遽始まった腕相撲大会で連勝して、顔真っ赤になって笑って。
ムロさんは皆に煽られてキレて全員をボコボコにしてて。
マーシャルさんなんかリリーさんと肩を組みながら酒を飲み漁って。
「……こんな時間がずっと続けばいいのになあ」
閉じた瞼の裏にもずっと残り続けてくれるように。
自然と口元が綻ぶそれを決して上書き保存なんてされないように。
記憶にしまい込むようにゆっくりと目を閉じて、隣の彼を見上げた。
「だから、バレないように頑張らないとなって」
僕が笑うと、彼は笑わずに表情をこわばらせた。
覚悟を決めたように唇をキツく結び、僕をまっすぐ見つめて。
「頑張りましょう、俺も……精一杯頑張るので」
「迷惑を掛けますが、よろしくおねがいしますね」
手を握ることはないし、抱き合うこともないけど。
それ以上に説得力ある瞳でそう言ってくれた。
強い人だな、ユットロールさんも。
だから、転生者を許してはいなかったんだろうし、若いのに血盟の団長で準上位血盟にまで上り詰めてるんだ。
「おい、クラディスとトロール」
向こう側の声の荒波から一つの声が飛び出てきた。
ムロさんだ。
「ユットロールだ」
「一緒だろ。ちょっと話があるから表に来い。レヴィ! エルシアの面倒頼むぞ!」
振り向いてそう言うと、人混みの中から手が一本ヒラヒラと上がった。
了解の意だろう。それを受け取ると、僕とユットロールさんの背中を押しながらギルドの外に出ていった。
「なんの話です?」
「武器の件だ。コイツに聞いたんだが、壊れたんだろ?」
おやおや、ユットロールさん~、ムロさんに言ったんですか?
あ、目を背けた。さっきまでの強い人はどこにいったのかしら。
「ホワイトボグもB級には行かねぇにしろ十分な硬さだったと思ってたんだが」
目で「どうやって壊したんだ?」と聞かれた気がしたので。
「訓練の時に強いのと戦って、その時に」
くすくすと笑いながら。気まずそうですね、ふふ。
「あと、眼帯も失くしちゃったんです。こっちは昇級試験の時なんですけど」
「だから包帯だったのな」
後ろの髪を掻くムロさんは、んーと唇を尖らせて。
「クラディスが暇なら次の俺達の旅に着いてくるか?」
「えっ! 良いんですか!」
「ああ。鍛冶の街に行くから丁度良いと思ってな」
「わー!」
やったー!
念願の! ムロさん達との旅だ!
1年かかった! 1年越しの願いが叶うのか!
「お前も来るだろ?」
なんの気なしにムロさんはユットロールさんに問いかけた。
「もちろんだ。なんなら、金を払わせてもらおうと思っている」
「なんでだよ」
「あ、えーと。昇級試験の時に武器がないのを話したら、買ってくれるみたいな話になって」
ふーん、と怪しそうなモノでも見るような目で見つめられた。
さすがに言い訳が苦しいか。まぁ、嘘はついていない。
「まあ良いけど。クラディスは男だぞ? 貢ぐなよ? 見返りなんてないぞ」
「分かってるとも」
「なら良いが。人を誑かすのが上手いからなコイツ」
人聞きの悪いこととちゃーちゃーと言いやがってムロさんめ。
人誑しなのはリリーさんで僕じゃないやい。
「だが、手持ちが無いのだ。血盟の資金は全部エマ……副団長が管理してるから」
「じゃあ、ソイツも連れてくるといい。しばらく時間はあるからな」
「わかった」
2人のやり取りを見上げていると、ふい、とムロさんの視線が下がってきた。
「じゃあ、ようやくだなクラディス」
ニヤッと笑うムロさんに、僕の目は爛々と輝いた。
ようやく。この言葉の意味を僕は知っている。
うずうずと待っている目の前に手を伸ばしてきた。
「対等な冒険者として、旅に出ようぜ」
その手をすぐに握り込んだ。思いが変わっても二度と離せないように力強くだ。
「待ってました! もう守られるだけの存在じゃないので!」
「本当かぁ? もう泣かねぇか? 知ってるかよ、トロール。コイツは昔なぁ」
「その話はもういいでしょ! 終わった話! いまはほら! 白金等級ですから!」
握った手をブンブンと振ってみるとその後、つらつらと僕の過去の話をされてユットロールさんに意外そうな顔をされた。
やめてぇ……恥ずかしいんですから……。




