470 契約コンプリート
ハートレイさんの館で世話になってから数週間が経った。
リリーさんはいつの間にかどこかに消えたし、ハートレイさんもいたりいなかったりしている。
(早く魔素有りの戦いをしたいのになー……)
会って話をしようとしてもはぐらかされるのだ。結局魔素を使わずの訓練ばかり。
まぁ、仕方ないと割り切ってるけど。
毎日掃除と訓練の往復も懐かしい気持ちになるから苦じゃないし。
そうしていると、どこかで見た人が館に訪れた。
「あれ……あのヒトって」
掃き掃除をしてる時にふと通りの向こうに見えた人を目で追った。
晴れだというのに傘をずっとさしている人。この世界でそんな人は一人しかあったことがない。
「ユラでしたか」
「そうだね。冬山の転移をしてくれた人だ」
侍女頭さんと話をしながらどこかに向かっているようだった。
ティナ先生の関係者だからそれもそうか。
でも、相変わらず不思議な人だなー……。
「冬山のみんなは元気かな。会いたいや」
「……そういえば、あるじ?」
「ん?」
「主従契約とやらを結んでもらいたいのですが」
「え、なんで」
「どこにいても連絡が取りたいです」
「アンと結ぶ契約ってなってもなぁ……ちょうどいいのがないし」
契約の種類を思い浮かべてみる。
片与ノ契約:魔素の20%を契約料として用いる。
殆与ノ契約:魔素の50%を契約料として用いる。
血与ノ契約:血液を契約料として用いる。
侵奪ノ契約:生殺与奪を契約料として用いる。
うーん、どれも物騒だ。
「魔素、血液、生殺与奪があるけど……どれも怖いしな」
「生殺与奪でお願いしたいです」
「ええ……」
その時、一瞬だけアンの体が光った気がした。
「……?」
「他の二種類は他の人にもやりましたよね。まだなのはソレだけだと思います」
でも本人は特に気にしてない。気の所為……?
「で、でも、生かすも殺すも僕次第になっちゃうんだよ? ソレってさぁ……」
「わたしはあるじが死ねば一緒に死ぬつもりなので」
給仕服で掃き掃除をしているアンを横目で見る。
彼女は掃除をし続けながら、当たり前のことを言うように。
「あるじが死んだ後に残るのは、耐えられない自信があります」
(と言われても……アンと契約するの変な感じなんだよな)
今までの契約した流れっていうのは、それをしたかったのとしなければならない理由があったからだった。
冬山の皆はその山を収めるために必要だったし、エヴァーチェもそうだ。
だから、アンと結ぶのって……正直に言うとやりたくはない。
「お願いします」
「んー……まぁ、その、うん。考えておくよ」
「できれば双方向に連絡を取れるようにしたいです」
「双方向……まぁ、おいおい……」
「なんですか、不満なんですか」
こっちをジトッと見つめてくる彼女に気まずくなって目をそらした。
「だって、主従というよりかは相棒って感じじゃん」
「……相棒、相棒ですか」
「そうそう。だから、そんな……上下関係とかさって──」
そうやって流そうとしていた時、身の毛がよだつ思いがした。
思い出したのだ。
「支配者領域…………」
「え?」
「支配者領域……出てきた、から……」
あれって確か【主人と共にいる従者達のステータス向上効果、並びに他の者の主従契約の影響を受け付けず、精神支配、肉体的支配を排除する】って効果だったよな。
それに、アンはフーシェンと奴隷商に襲われた時に、その文言を目にしたと聞く。
これ、もしかして……。
首を傾げているアンを前にして、勝手にステータスボードを開かせてもらった。
「あー……」
──◇◇◇ステータスボード◇◇◇──
▶名前:アン・アルジェント
▶旧名:アンジュ・シュヴァルツべート
▶レベル:576
▶種族:分血の暗黒森人
▶契約:侵奪ノ契約
▶主人:クラディス・ヘイ・アルジェント
…………
補記:主従契約Ⅱから侵奪ノ契約に変更されました。
…………
「ああああ!!? なんでだよおおお!!」
「あるじ!? なにが!」
「ステータス! 勝手に変更されてるの!!」
「え? あ、ほんとだ……」
なんで勝手に契約が変更されてるんだ……!
奴隷の契約は主従契約とは違うんじゃないのか!?
「さっきのやり取りで変更されたんじゃ……?」
「さっきのって……え、アンがお願いしますって言った奴……?」
そんなまさか……。
でも、だって契約が結ばれた時の魔素の消費なんて無かったし……。
いや……そうか、生殺与奪を譲渡するから、僕から魔素が抜ける訳じゃないんだ。
というか、光ってたし。光ってたのってそういうこと!?
そう思って、ボードを閉じると──視界の端にボードが浮かんでいた。
【アン・アルジェントとの契約が侵奪ノ契約に変更されました】
「はーーーーーーーっ!! 事後報告すんなよ!!」
それを殴るように消しながら叫ぶとボードが重複をしていたような気がした。
「え、なんか他にもお知らせあった? えっ、消しちゃった……うわっ……」
文字が被っててよく分からなかった。なんて書いてあったんだよぉ……。
「あるじ! これ! 契約が変わったって……!」
「あ、うん。でも、その意図した訳じゃなくて……」
「やったー! これでいつでも連絡が取れますね!」
「…………」
キラキラとするアンの表情が眩しくて目を瞑った。
なんでそんな顔が出来るんだろうか。不思議だ。
とりあえずは、このシステムを作った神様を恨んでおくとして。
「解除する。絶対、解除だ」
そう言って、ボードを操作すると警告のウィンドウが表示された。
──【契約解除は不可能です。従者を殺して、契約を強制解除しますか?】──
なんだよ、このボード。今まで出てきたことないだろ……。
「するわけねぇだろ……馬鹿が」
それを消して、ぴょんぴょん跳ねて喜んでるアンの方を向いた。
「アンが良いならソレで良いけどさ……アンは従者じゃなくて」
「相棒っ! ですもんね!」
「……」
跳ねるような声色に押されて、なんだか、悩んでるのが馬鹿みたいに思えてきた。
「そうだね。相棒だ」
僕って単純なんだろうな。
(いや、思春期の男の子ってそういうものか……?)
昔の話だからわかんないや。
「でもコレであるじの命はわたしの命になった訳です。危ないことはしちゃダメですよ? 絶対にですからね? わたしが死んじゃいますから」
「もしかしてソレが目的?」
「これならあるじが危ないことをしなくなるかと思いまして」
イタズラっ子のように笑うアン。
してやられたな。そういう使い方をしてくるとは思わなかった。
「これからは自分の身体を大切にするよ」
「そうしてください! へへ」
底抜けに明るい笑顔を見せられて、胸がドキッと跳ねた。
落ち着け、思春期。うわ、鼓動はっや。
一挙手一投足が全部クリティカルヒットなのヤバイなぁ……。
(うぐ……)
心臓が持たない。どうしたらいいんだ。
とりあえず、アンから目を離して──
「──青春をしている所、大変申し訳有りません」
「ドゥア!?」
ヌッと後ろに現れたユラさんに思わず猫のように飛び上がった。




