465 訓練内容変更
魔素を使ったことによってアイリスの姿が消えた。
だが、放とうとした攻撃はその形を維持したまま残っていた。
そして、不定形の攻撃であるその白い閃光は──ハートレイの右肩を切り落とした。
「グヌッ……!?」
反応ができぬ速度。
鍛え上げられた体を豆腐のように切り崩す殺傷性。
枝上にあった老練の体は均衡を失ったことで、十メートルの高さから落下した。
「主人!」
リバーが駆け寄り、安否を確認する。
どくどくと血液が溢れ出て止まらない。
「早く救護班の元に……」
「バカを言うな、これしきの傷なんぞかすり傷よ!!」
棒を割ろうとしたリバーの手をハートレイは掴んだ。
その顔には苦しむような色はなく、むしろ昂ぶっているように見える。
「それよりも見たか、リバー!」
「見たって……なにを……」
「あの技だ。あの技は、一体何だ……!」
ハートレイの体を切り裂き、その先にあった樹木さえいとも簡単に両断。
月光さえ通さなかった場所に月明かりを通したのだ。
「すこし、煽っただけだというのに……すぐに形にするとは……」
ハートレイは彼女のことを甘く見ていた。
称号Ⅰ持ちと戦いたいというのは兼ねてからの願いだった。
それも転生者という面妖な存在と戦いたかった。
だから、それに近い人物をリリーという旧友に頼んで連れてきてもらった。
だが、心の何処かで甘く見ていた。
所詮、スキルやステータスに甘えるだけの弱者だろう、と。
それに、ティナから昔に伝えられていた。
『今、訓練をしている奴がいてな。もし会う機会があったら叩きのめしてやってくれ。ん? 強いかって? いいや、いーんや。強くはない。よわよわだ。ただ、持ってる能力は目を見張る』
と。
それを聞いた時にハートレイは思った。
己の力さえまともに扱えず、自分の才能の使い方すらも知らない奴なのだろうと。
この世界にはそういう奴は大勢いる。
だから、その人物もその程度なのだろう……と思っていた。
しかし、その評価は一変した。
「リバー」
ハートレイは自らの軍の隊長の服を掴みながら、猛々しく笑った。
「我々はとんでもない獣を呼び起こしてしまったのかもしれないぞ!」
見たことのない技。
感じたことのない昂ぶり。
その瞳は、クラディスを認めた時のティナと同じ色を宿していた。
──その後、訓練内容が急遽予定変更をされた。
魔素ありでの訓練は全て中止。
その理由は一重に「アイリス」という人物への評価が変わったからだった。
訓練が終了後の執務室において、侍女頭とリバーの意見を踏まえて決めたことだ。
「……」
リリー・フィン・イレネロやティナからもたされた評価では、彼女は未だ発展途上の称号Ⅰ持ちと言われていた。
覇軍やハートレイは転生者の戦い方や考え方などが覇軍の新芽のなにかの役に立つのではないかと思っていた。
当然、戦いたいという欲はあった。
彼らが伝説と呼ばれるようになった理由である『多方面からの包囲殲滅』を巻き起こした転生者への純粋な興味はあったし、アイリスという転生者に最も近い人物がソレの片鱗でも見せてくれるのではないかという期待があった。
しかし、彼女の力というのは想定以上だった。
「魔素有りの戦いをしてしまえば、決着が早めについてしまうな」
ハートレイは治癒したばかりの腕を抑えながらため息を着く。
「リバー。お前の意見を聞きたい。アイリスはどう見えた?」
「彼女は仮想転生者として素晴らしい力を発揮してくれると思いました。赤子のように吸収し、すぐに実践に移す。あれほど強いというのに新しいことを学ぶことへの抵抗感が全く無い」それはハートレイも頷いた。彼女がした最後の技がまさにソレだ。「こちらが見せた技にすぐに対応する。実際、我々の部隊を襲撃した者たちは最初は攻勢でしたが、アイリスに対策をされて後手になっていました」
「……侍女頭はどう思う?」
「概ね同意見かと」
侍女頭は訓練の治癒班の補佐としてあの場所にいた。
実際に訓練を見ていた訳ではないが……。
「昔の知り合いに聞きました。ティナお嬢様に訓練を施されたのは約一年前。その時には山を削るほどの初級魔法を扱えたと」
訓練総仕上げの時、ティナにスキルを使ってウッグの上位個体を一撃で倒した。
その際に周囲の木々を巻き込んで地面を抉り取るほどの初級魔法を見せたという。
「それから一年経っています。どれほど実力が上がったかは分かりかねますが……閣下の服を難なく切飛ばせる魔法を思いつきで飛ばすことができるのならば……」
あくまで訓練だが、武器や装備は実践となんら変わらない。
公爵が身に付ける衣類なんてものもそこらの冒険者が身に付ける防具よりも堅く、靭やかに動く一品だ。
ソレをたった「遠距離攻撃での戦闘方法を確立させろ」という言葉から思いついて放った攻撃で壊したのだ。
「やはり魔素を使っての訓練はしない方が良いか」
「彼女としてもそちらの方が得るものが多いでしょう」
「全力で戦おうとするならば若い衆を連れてきた方が良いでしょうな。それか魔導士隊を加えて訓練をするとか」
「ティナお嬢様は彼女を剣闘士として育てています。魔法はあくまで補助として。その方針に則ると魔素なしの戦闘がよろしいのではないでしょうか?」
「剣闘士として、か。そうだな」
彼女側にも利のある戦いをしなければならない。
今、集まっている覇軍の実力はもう衰えていく一方。アイリスはまだ若く、未来もある人物だ。
若い人物の時間をイタズラに消費させるのはいたたまれない。
「閣下の斬撃を模倣しようとしたという話を聞きました。魔素の消費を考えるとソレを扱えた方が手段は広がります」
「今日は魔素が混じっていたようだがな」
リバーは苦笑い。
技には驚いたが、その結果が魔素を使用してしまっての転移だ。
未だに若いもの達の中には誤って魔素を使ってしまい、転移させられるのも多い。
実力は脅威だがそこらあたりは年齢相応な面もあるのだなと思う。
「では、やはり訓練内容は変更だ。皆にもそう伝えてくれ」
「はっ」
「彼女には別の理由でできなくなったと言っておくように。楽しみにしていたみたいだからな」
「承知いたしました」
こうして、訓練初日に訓練内容が変更されたのだった。




