463 この世界のバグ
ハートレイさんに出口を塞がれた。
人数敵有利も潰されてしまい、魔素を使えないから治癒魔法も使えない。
今日だけで肩、背中、足と傷を負いすぎだ……情けない……!
「アイリス。戦えるか」
「問題有りません!」
「なら良い。主人を倒せたら勝ちが確定みたいなもんだ。全力で倒すぞ」
「はい……!」
──ゆら、と動くハートレイさんの体。
首筋が粟立ち、武器を構えて金切り音が反響した。
早すぎる。魔素を使ってないんじゃないのか……!!?
「よく防いだ。そのままにしておけ」
リバーさんの振り下ろす剣を少しの動作で避けると、今度は首元へ手を伸ばしてきた。
捕まえられる寸前で避けると、そのまま交互に攻撃を繰り出していく。
人数の優位性はないとはいえ、この戦い方なら消耗も抑えられる。
が、顔色一つ変えられないとは──
「私は魔素を使えない代わりに体の使い方を理解している。魔素が無くとも私は戦える術を持っているのだ」
攻め入った攻撃を跳ね返され、体が浮いた。
「戦える術って言ってもそういう次元じゃないと思うんですが……!」
「体の使い方、呼吸の仕方、足の運び方、重心の移動。それだけでもここまでなら来れるのだよ」
無駄のない動き。乱れない息。相手の攻撃は届き、こちらの攻撃は届かない。
達人を相手にしてるみたいだ! 魔素を使わなくてもこんなに強いのか……!
でも、それだけで本当にこれだけ強くなれるのか!?
(ますたー! この人、おかしいです!)
(なに!? おかしいってどういうこと!?)
(適性なしの人でも魔素は持ってるんですよ! だって、この世界は食べ物にも水にも魔素が含まれてるんですから!)
(ってことは、えーと、つまりは──ええい、分からん! 端的にまとめて!)
攻撃を捌きながらの会話はいつもやってるが、全神経を集中してると難しい。
今日は連戦をしたからリバーさんも僕も疲弊をしている。飯も水もろくに確保できていないのだ。
まともに食ったのは今日の朝。それでも急いでたからそんなに食べれていない。
(わかりやすく言うと、この人は──この世界のバグなんですよ!)
「はっ──?」
思考の停止。
たったコンマ数秒のソレは、戦闘において大きすぎる。
眼の前で構えるハートレイさんを見上げる。
──バグって言われても。
じゃあ、どうしたらいいんだ?
運営に連絡をしたらいいのか?
転生者のコレを野放しにしている管理者に?
ムリだな。ムリだ。だったら、普通に対処するしか無い。
──でも、結局、どうやって?
ジャボッ。
「え」
一歩、後ろに下がった足が水たまりにハマりそのまま後ろにすっ転んだ。
股の間に落ちてきた刃は、地面を叩き割ってる。
「死んでましたよ!」
「これしきのことを避けれぬ訳ではないだろう? それに死んでもすぐなら蘇生をしてくれる、心配は要らんとも」
「アイリス! 体勢を立て直せ!」
「はっ、はい!」
くそ、久しぶりに尻もちなんか着いた。
足には水が入ってきて気持ち悪い。が、知るか。
(エリル! さっきの話! バグって話! 詳しく聞かせて!)
(はいっ! この世界には魔素があるのが普通なんです。鑑定で見えるのはそういうことです。一番最初にお話しましたよね!)
(魔素を読み取れるからこそ鑑定ができるって話でしょ!)
よく覚えてる。あの時は、鑑定しかスキルが持ってなかったからな。
(だから、魔素がないってのは普通に考えたらあり得ないんです! 食べたり、飲んだりするだけでも魔素は取り込まれます。でも、この人はソレがない。ということは、体が特別なんだと思います。存在自体が魔素である魔王やら魔族とは真逆の存在……というんですか)
(え)それって、もしかして(勇者ってこと?)
(いいえ、勇者は称号なので魔素が関わってます。だから、この人は……勇者というよりも……存在は転移者や転生者に近いです)
元の世界には魔素は無かった。
から、そのままコッチの世界にやってきたら魔素はない状態だ。
(なるほど……)
(それでも魔素は普通はあるハズです。だから……よく分からないってのが本音です)
結局は分からず仕舞い、か。
魔素がないということは鑑定すらできない。
体の中に穴でも空いていて、取り込んだ魔素が流れていくような体なのか?
でも、それでどうやって生きてるっていうんだ。
(でも、ますたーはこの試験の切り抜け方を知ってますよね?)
(切り抜け方って?)
(ウッグの試験の時と一緒ですよ。スキルを使わずに魔素を使うんです)
(魔素で体の補助をする奴だね)
それは頭に浮かんでいた。だが。
(それはしない。みんなと同じ土俵で戦わないと意味がない)
この戦いで僕は成長をするんだ。今まで通りの戦い方をしていてはダメだ。
魔素がない相手と戦うと言っても、戦い方は変わらない。
「リバーさんッ!」
僕は駆け抜け、ハートレイさんにかち合った。
「ようやっと復活したか」
差し込まれる剣を一本の短剣でいなしながら、顔面めがけて突き上げる。
距離を取られそうになったが、それに追撃をかけていく。
「影のように着いてくるな、キミは」
「読み合いで負けるのは分かってるので、このまま行かせてもらいます」
刀身が長い剣なら扱いは難しい。
だから、この距離なら押せる────
──ぐわ。
ひゅっ、と心臓が縮み上がった。
ハートレイさんの大きな五指が僕の顔全体を覆った。
これ、このまま前に進めば──死ッ。
「くっ」
──グイッ。
「ウェッ」
「そら! 前線交代だ!」
リバーさんに引っ張られ、後ろに飛ばされた。
「主人に掴まれたら死ぬぞ! 気をつけろよ!」
「っあい!」
くっそ、クソクソクソッ──ッ!
ぼく、今日、何も良いところがない!
どうしたら勝てるんだ。なにか、攻略の糸口は無いのか!?
このまま戦っても何も変わらないじゃないか!
「ふむ…………。アイリスは戦う時に何を意識している?」
戦いながらハートレイさんが顎に手をやってそう呟いていた。
「相手をどう倒すかです!」
間髪入れず、リバーさんと交代。
背後からの攻撃だったというのに、ノールックで防御されてしまった。
次の攻撃へ移ろうとしたら、腹部に蹴りが直撃して壁にぶち当たった。
「グッ……!?」
「その時の思考に、負けずにどう勝つかを付け加えろ」
酸素が抜ける。
ハートレイさんは何を言った?
負けずにどうやって勝つかって?
「そんなのいつも考えてます……!」
言い返すと、目の前にハートレイさんの靴裏が見えた。
顔面が潰される──っ!!
ズルッと体勢を変え、その死の間合いから這い出た。
「いつも考えてその立ち回りならば、戦闘の才覚はなしか」
その言葉に酸素の行き届いていない脳みそはありとあらゆる言い訳を考える。
そんなこと言われたって、僕は転生者だし。
戦闘の才能なんて無いってティナ先生にも言われたことがあるし。
だから、そんなこと言われたって──
「アイリス! 遠距離攻撃だ!」
前に踏み出そうとして足がリバーさんの言葉で止まった。




