453 もう友達ではいられないから
ロバートとの会話を終えて広間に帰ると、リリーさんが駆け寄ってきた。
周りに人がいるから小言は言われなかったけど、背中を優しく擦ってくれた。
パーティー自体はその後、特にイベントも何もなく、解散ムードに。
開会式とか閉会式とかそういうのが有るわけでもないらしい。ちらほらと人が帰り始めた。そんなぬるっと終わるのか。まぁ、残りたい人は残るって感じかな。
僕としては長かったけど、時間にしたら短いものだ。
敵情視察として来たのは後悔はしていない。けど、非常に疲れた。
ロバートとの件は驚いたけど、あれは別に僕の方に課題が残る感じはなかった。
だから……あとに回していた方の課題に集中しようか。
(アンと麻央さんの件で……僕にできることはあるのかな)
転生者が暮らしやすい環境を整えると誓った僕。
他の転生者を殺し、立場を確立して生き残る麻央さん。
僕の誓いは、アバウトで方法が確立されていないものだ。
だったら──とは、おもう、けど、さ。
「………………できないんだよ、ぼくには」
弱い僕は他の転生者を殺せるほどの能力は持っていない。
力ではない方法で、転生者が隠れなくても生きていけるようにするには……。
鼻から入ってくる夜の冷えた空気が、喉奥に寂しく触れる。
屋敷の外に出て、振り返ると窓からロバートが見えた。
(……)
会釈をしておくと、少し微笑まれて、足先から頭の天辺まで悪寒が走った。
それでも最後までは気が抜けないので、もう一度ペコリと会釈し、ゆっくりと視線を外し──今度は違う窓にイブの姿が見えた。
「……イブ……」
聞こえるはずのないその言葉を発すると、窓の向こうにいるイブと目が合った。
驚きこそしたが、ここで取り乱すわけにはいかない。
ちょっと見つめ合う時間があったと思う。
でも、数秒も満たない、というか一秒もなかった。
(仮面が目立つ……から?)
だけど、なんだか不思議な感覚だ。
冷たそうな目をしているイブが僕を見る時だけ、目が開いてる気がするのだ。
仮面の奥を見ようとしているような……そんな感じがする。
見つめすぎるのもダメだとして、僕の方から視線を切ると──
「ねぇ! そこの君! ちょっと!」
ガラッと窓を開けて、イブは呼びかけてきた。
「……!」
言葉が脳裏に過る。
──称号Ⅰ持ち同士は惹かれ合う。
あれだけ冷たい目をしていたイブに友達の時の色が見えて、心が苦しくなった。
今の僕はクラディスではない。イブにとってアイリスは他人だ。
だから、ここで、僕が変な態度を取ったらダメだ。
足を止めるな。振り返るな。リリーさんについていかないと。
「ねぇって! こっち向いてよ!」
声が聞こえ、それでも前を向いて歩いていると肩を引かれた。
「ねぇ! なんで止まってくれないの……っ?」
あの距離を走ってきたイブは、僕の顔を仮面越しに食い入るように見てきた。
「あ、ああ、すみません。私に向けられてるとは思わなかったので」
周りにはちらほらと貴族の姿がある。だから、この言い訳は苦しくはないハズ。
だけど、さっきまでの表情とは打って変わっていつもの顔になっているイブ。
……これ、もしかして、気づかれてる──って。
ひょいっと仮面を外され、鼻息が当たる距離に顔を近づけてきた。
「ん~……?」
「えーっと……どうしました?」
苦笑いを浮かべると、イブは顔から目に視線を上げた。
その目には力はなく、落胆をするような色が見えた。
「……なんか、なんだ、ボクの友人な気がしたダケ」
「初めまして……だと思いますが」
「……………………ホント? ほんとにそう?」
「はい」
何か引っかかっている。だが、それがなにかは分からない。
そんな様子のイブはおずおずと仮面を渡そうとしてきた。
それを受け取ろうとすると、グイッと引っ張ってきた。
「ねぇ! クラディスって知ってる?」
「……」
ああ、やめてくれ。
イブ、僕は、僕じゃないんだ。
そんな顔をして見つめないでくれ。
「……初めて聞く名前です」
「…………そっか。そっか、そうだよね」
悲しみを通り越して、絶望にも似た表情を見せる彼女。
胸が、痛い。
胸に墨色の液体がじわっと広がって行く。
「その人ね、ボクの彼氏なんだ。喋り方とか、歩き方、柔らかい雰囲気、とかそっくりだったから、ちょっと……話しかけた」
控えめに言われたその言葉に、喉が詰まった。
染み付いたモノは見る人が見たらバレてしまうのか。
姿や顔、声、髪色、性別すら違うはずだというのに。
……これは、ダメだ。少しでも心を開けば、バレてしまう。
だから、仮面を強めに引っ張って、顔をそれで閉ざした。
「あなたほど美しい女性の彼氏と間違われるなんて光栄です。ですが、これでも女なので」
「うん。ごめんね。ごめん……」
目に点っていた光が薄れ、下を俯く友人の姿に目元が熱くなる。
僕は、どうしようもないヤツだ。
どうしようもないクズだ。
──あなたも、私の大事な友だちと雰囲気がそっくりです。
そんな言葉が声となって出てきてしまいそうになる。
でも、言ったらダメだ。
イブは鋭い。少しでもその気を見せたら見破ってくるだろう。
そうしたらアイリスは終わりだ。だから、ここは去るしかない。
「──アイリス、馬車を待たせてる。はやく行きましょう」
「……うん、分かった」
リリーさんの呼びかけに、僕は後ろ髪を引かれる思いでイブに背中を向けた。
友達とこんな分かれ方をすることになるとは思ってもみなかった。
心に空いた穴がじくじくと広がる音が耳の裏で聞こえる。
(ごめん、イブ。ごめんなさい。こんな中途半端な奴で、本当にごめん)
胸の中で彼女への謝罪をつぶやく。
それでも心に空いた穴の痛みは和らぐことはなかった。




