452 最後の忠告
とんでもない女だ。
最初は利用できるだけ利用して捨てておこうと思った。
傭兵上がりの人物なんぞ腕が立つだけで学はなし。
だからこそ王国のマールベリー・ルーファス・エルメリオン元帥──気紛れ賢者が大事に大事に箱中に閉じ込めているのだと思っていた。
だが、どうだ。
部屋に来た時はそうは思わなかったが、話を始めると言葉の節々に学が見えた。
急拵えで貼り付けた学ではなく、咀嚼し、体の一部となった学だ。
予定を変更せざるを得ない。丸め込むのではなく、共通の理解を示してから誘い込むことにした。
そして、話をしていく内に、彼女の姿に釘付けになっていっていた。
叙勲式で王国側が用意をした魔導学院に卸している業者が用意をした、きめ細やかな刺繍が施された服。発する魔素によって色めく幽玄とした髪。その肢体は男ならば釘付けとなるのは必至な曲線を描き、二つの双丘は厚生地の服を内側から押し上げて存在を主張をしている。
理想の女だ。目の前にするともっと欲しくなった。
だから、手を出そうとした。本来意図をしていたものではあるが、ロバートとしても段階を飛ばした誘い文句ではあったのは確かだ。
焦ったのだ。目の前にいるご馳走の味が頭の一杯に広がり、今すぐこの女がほしいと感じたのだ。
けれど、それは叶わなかった。
「ロバート閣下──私は、そこまで愚かではありませんよ」
違和感の感じる言い訳ではあった。
先程までの雰囲気とは一変し、無知を装う彼女のコレが思いついた逃げ道ということは気がついた。
強引に押し切ろうとも考えた。
ソファに押し倒し、彼女の触れれば溶けてしまいそうな柔肌を己の熱をもった体で蹂躙するのは簡単だった。
が、賢者は最後にこう言った。
「盗聴をされているようでしたので。試されるならば、もっと優秀な護衛をつけてくださいね」
「……!」
──見抜いていたのだ。
彼女は、机の下に仕掛けられた集音器に。
通信魔導具と作りは似ているが、まだ世にはそこまで出回っていないモノ。
声を別室に送り届け、そこではその声が証言としての記録として残る。
魔素が情報を記録することに着目し、魔素を記録媒体として機能させた製品だ。
未だ限定的な使い方しかされていないというのに、彼女はこの存在に気づいていた。
アイリスとしては「机の下に明らかに変なのが仕掛けられているなぁ」程度のものではあったが、思いの外ロバートには刺さっていたらしい。
廊下を歩いていくアイリスは「ちょっとイタズラし返してやった」という面持ち。それも仮面によって見えなくはなったが。
「………………」
ロバートは彼女のいなくなった部屋で、自分の机を撫でた。
あの時、ロバートが詰め寄った瞬間に机の下のモノに気づいた様子だった。
だが、目視では確認ができないはずだ。感知系の能力だろうか。
「こりゃあ、手強そうな奴だな。旦那」
隣の部屋から出てきたティナが、扉を開けながらそう言った。
そちらに目は向けずに、ふぅ、と息を落とす。
「あくまで私は王国に飼われてる犬ってスタンスだ。どうすんの?」
「関係を持っておくことに越したことはない。今後もアプローチはさせてもらうさ」
「公爵閣下が気にするほどのタマか? ただの称号Ⅰ持ちだろう」
「影響力がある。容姿も良い。男を集めるにはあの花が欲しい」
「男は単純か。まぁ、そりゃあそうだわな。旦那も魅了されてたし」
くつくつと笑うティナはソファにもたれかかって、沈み込んでいく体を猫のように伸ばした。
「ンでもよぉ、旦那さん。忘れてないとは思うが、大仕事が残ってるぞ」
立って窓の外を眺めているロバートの顔が反射で映った。目を瞑ったまま話を聞いているようだ。
「モーティアの娘。いつになったら殺せんだ?」
「手はずは整えている」
言い切るロバート。
ティナは虫を悪戯に追い詰める子どものような嗜虐心溢れる表情を浮かべた。
「貴族様は駆け引きが上手いから、そこまで心配はしてねぇけどさ」
頭の後ろに手を組むティナは声色を跳ねさせて。
「落胆だけはさせないでくれよ、旦那」
「大丈夫だとも」
「俺のご機嫌取りはしなくてもいいよ。するならうちの団長とウーさんに頼むよ。怒ったら怖いんだ、ホント」
手をヒラと動かし、ティナはロバートの奥底を見通すように目を細める。
今のロバートの勝ち星は一つもない。
始末に向かわせたフーシェンの金等級・白金等級。
冒険者組合の内通者にさせた転生者として殺す作戦。
そのほかにも、フーシェンにはクラディスという少年とアンという少女を狙うように伝えていた。
下位冒険者の集団クエストのスケアの件もそうだ。
だが、そのどれも失敗に終わって、アンという少女の警備は強くなった。
「そろそろ俺が擁護しきれないからさ。最後の忠告ってコトで」
そう言うとスクッと立ち上がり、ドアノブに手をかける。
最後までロバートは顔をこちらに向けずに立ったまま。
「……」
ティナは楽しそうに笑った。
いくらか、ポーカーフェイスが上達している……が。
ついと前に組まれている手に視線を向ける。
「じゃ、良い連絡を待ってるよ」
なんていうティナの言葉に言葉を返さず、足音が遠のくまでロバートは部屋の中でただただ手を握る力を強めていた。




