451 夜伽を全力で回避しろ
アンの話からロバートの印象は「女児趣味の変態」だった。
強引にやるよりも合意の元でやる方が良い変態。だから、拒み続けたアンにそういう手を出すことはなかった……と聞いた。
だから、こんな誘い方をしているんだろう。
これでも半ば強制みたいなもんだがな。
これ、どう断るべきか……。
「どうかな、アイリスくん。仲間は多い方がいいだろう?」
「あはは……」
もう、脳みそが、チクチクする。
血液がロバートから距離を取ろうと手先や顔から抜けていくのを感じた。
青ざめるってこういう感覚だよな。
(エリル! ヘルプ! どうしたらいいかな、コレ!)
(顔が好みじゃないのでとか!)
(そんなもん言えるなら言ってるよ!)
絶対に嫌だ。
見た目は可愛い女の子かもしれないけど、中身は男なのだ。
身体変化は体だけじゃなく、思考や好み変わるが、それでも嫌だ。
特にお前とはな!
「あのっ……私の行動は王国側の人が決めるので、一度、持ち帰って……」
「君の返事が聞きたいんだ」
手を握ってくるなよおおおおおお!
嫌なんだよ、僕、おまえ、嫌いなのおおおおお!!
アンの件でちょっとなんかやってやれるならやってやりたいけど、そっちのやりたいじゃないし!
いくら僕が思春期を迎えて女の子になってるとはいえ、お前とは無理!
(でも、ますたー内部事情を調べるなら、ここで我慢をするほうがいいのでは?)
(……………………本気で言ってる?)
(嫌なのは十分分かるんですが、その、本来の目的と考えた時に……)
(僕が、この人と? 一夜を?)
(はい)
(……………………)
エリルの言葉には一理……五分の一理くらいあった。
こいつの要求を呑んだ方が敵上視察どころじゃなく、内部にまで潜入できる。
でも、それで本当にいいのか? 今、取るべき最良の選択はなんだ。
断ったらこことの関係は崩れる。受け入れたら──やらないといけない。
なにかないか? 穏便に済ませて、あちらのメンツを潰さない方法が。
──ピンッ。
「…………?」
下に、なにかある……?
あ。
え。あ、え?
これ、でも。隠してる……? 言って良いものなのか? でも、他に方法が。
今取れる最良の方法は他にも──ええい、考えてる暇はない!
「ロバート閣下」
僕はロバートの手を優しく押しのけて、こういった。
「私は、そこまで愚かではありませんよ」
ロバートの目が見開く。
スイッチを入れろ、クラディス。いや、アイリス。
お前は道化。表情を作れ。演じろ。
清廉潔白でなおかつ、無知な女の子を演じるんだ。
「新任の私が好条件を出されて飲むかどうかという話をしてくださったんですよね?」
「……なにを言っているのかな?」
「私の上司は王国の元帥で、私にはなんの決定権もありません。そして、私は【紫蘭之団】の団長ではありますが、団を動かす決定権は私にはありません」
そうだぞ、アイリス。お前は傭兵上がりで戦争に身をおいていた。
だが、あからさまな無知じゃあないことは証明してしまっている。
無知の知だ。無知の知。無知であることを知っているからこそ、対処を他の人に任せるというのを徹底している──という、体で行け。
(むちむち……)
エリル、いま、そういう冗談を言ってる場合じゃない。
「ロバート閣下は先程、礼を叩き込まれたのか、という話をしてくださいました。貴族様と付き合う時の礼は不十分ではありますので、このような素晴らしいお話は一旦、上官に相談をさせていただけたらと思います」
「そうはいかない。アイリス君も分かっているのだろう?」
「分かっております。ハインストに加わることの重要さ。監査庁と国が連携をすれば治安の維持ができるということも」
「だったら」
「ですが、それは私個人が判断できる領域を超えております。もちろん、欲はあります。目の前に美味しいと確信できる料理があるというのに我慢ができるほどの理性は持ち合わせておりません」
そう言いながら、僕は胸に手を当てた。
「でも、こんな不肖の身である私を王国は雇ってくれた。そのために尽くせることは全力でさせていただきます。だから、どうか──」
握っていた手を今度は僕が力強く握ってやった。
何かを伝える時は目を合わせる。貴族の約束事の通し事なんてのは知らないから、僕が相手にされたら気分が良いことをしよう。
「どうか、王国を通してください。お願いします」
ロバートの手を握りながら、頭を下げた。
人に頼む時は頼む姿勢が大事だと知っている。
高圧的な態度な人の話は聞きたくない。それは共通をしているだろう。
だから、これが、僕が取れる最適解なはず。
「…………そうか」
頭の上から喉が鳴る音が聞こえた。
唾を飲み込んだ音だ。
「そうだな。少々、急いてしまったようだ。すまない」
その声に僕はゆっくりと顔を上げる……前に顔を整える。
顔を上げた時に不自然じゃないようにして。
「君は貴族相手にも上手く立ち回れそうだ。王国にも話を通しておこう。アレで揺らがないとは相当なものだ」
ひくつきそうな顔を引き締める。
僕が用意をした逃げ道ではあるが、そっちに逃げていくコイツの背中に苛立ちを覚える。蹴っ飛ばしてやりたい。さすがにしないが。
「これほど愛国心溢れる賢者なら、他国からの介入も有り得んだろう。マールベリー元帥も安心して任せることができるのではないか?」
「そう言ってもらえるように務めていくつもりではあります」
「そうかそうか」
蹴っ飛ばすことはしないが……少し、棘を残すくらいは許されるか。
「あ、そうだ。あと、お話をしておきたいことがありまして!」
「なにかな」
僕はグイッとロバートを引き付けた。
戦士ですらない彼の体は思ったよりも軽く、僕の胸に胸が触れ合った。
彼の耳元に僕は吐息の混じった声色で、囁くように。
「盗聴をされているようでしたので。試されるならば、もっと優秀な護衛をつけてくださいね」
そう呟いておいた。
驚いた顔のロバートから体を離して、大人びた笑みを送ってやる。
「それでは」
すくっと立ち上がり、硬直したままの彼を見下ろし、目線を机の下に向ける。
──机の下にあるナニカは僕には分からない。
が、この反応を見るに意図して置いているものだったみたいだ。
「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます。良い話が出来てよかった」
「あ、ああ」
「失礼します」
扉に手をかけ、ロバートを振り返って軽く会釈をして部屋を後にした。




