450 ロバートとの一対一
足取りが重たい。
夢の中じゃあるまいし、僕の体くらいは思い通りに動いてもらいたいものだ。
使用人さんの後を着いていく僕の横にはリリーさんはいない。
あちら側としても新任の僕とだけ話をしたいらしい。
(麻央さんとアンのことも気になるっていうのに……)
だけど、別れ際に強めに抓ってもらった所の痛みが僕を僕でいさせてくれる。
冷静になれ、今だけを見つめるんだ。後のことは後で考えろ。
(って上手く切り替えられる頭じゃないから悩んでる訳で)
館で聞いた情報が頭を走り回って、汚して、ふんぞり返って退いてくれない。
そんなの予想をして来ていたつもりなんだけど、そうじゃなくて、心の準備はしていたけど、そうじゃない。
想定以上のことが起きすぎなんだよ、チクショウ。
僕の方でも後ろで組んだ自分の手同士で爪を立てた。今、僕は、この場に存在している。それを自覚しろ。ふわふわするな。ロバートとの話し合いだぞ、アイリス。
血が滲まない程度に自分を諌めていると、使用人が立ち止まった。
「こちらの部屋です」
「案内ありがとうございます」
なんて言葉に軽い会釈で流されたので、緊張を解すために肩に力を入れ、ストンッと落とした。肩の荷が物理的に落ちるわけじゃないけど、幾ばくかは楽になった。
「アイリス国定魔導士様をお連れしました」
「入りなさい」
呼びかけに応じて、扉が開かれるとそこにはロバートだけがいた。
ちょっと安心した。ハインストが勢ぞろいだったらどうしようかと思ってた。
「……」
……じゃあ、なんとか、それっぽい礼儀は尽くしておくか。
コイツのことは嫌いだが、今はアイリスとしてここにいるからな。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます。ロバート公爵閣下」
「傭兵の出だと聞いていたが、礼は叩き込まれたかな?」
「はい。ですが、最低限にも満たぬものでありますので、失礼がありましたら申し訳ありません」
なんてことを言っておく。
貴族様VS貴族様じゃないから、ある程度は大目に見てくれるだろう。
今回はあちらが呼んでくれたんだし。
「それで、お話というのは」
「王国に突如として現れた賢者様とゆっくりとお話をしたかっただけさ。水入らずでね。前は元帥のいる手前、こちらとしても堅苦しい喋り方になってしまっていた」
「そうですか。私としては閣下との2人きりは緊張してしまいますが」
「緊張なんてしなくても良い。ただ、王国のことと私どものこれからの話をしたいだけなのだから」
それで──とロバートは口角を緩めて、すこし首を傾げた。
「仮面を外したまえ。君の美しい顔は隠さずとも良いだろう」
「しかし……私は」
「事情があるのは耳に挟んでいる。だが、良いと言っている」
これは提案ではなく、命令。
礼は勉強したといいながら仮面を外さないのはある種の冗句みたいなものではあったが、さすがにだめか。
「では」
仮面を外す前に呼吸を置いた。
リリーさんに怒られるだろうな、顔に出やすいから、僕。
だが、仕方がない。命令されたなら従うのが下の仕事だ。
ゆっくりと仮面を外し、一度だけロバートが見えない瞬間があったが、前と後では顔の色が異なっていた。
「おお……! 美しい顔だ!」
(なんて言われてますよ、エリルさん)
(嬉しくないですよ)
エリルに話を振ると、冷めた口調でそう言われた。
彼女の顔を成長させた姿がこのアイリスなのだ。
ということは、この姿が可愛い=エリルが可愛いということになる。
褒められると僕も嬉しいもんだが、コイツに褒められると寒気がする。
「それで、どうだったかね?」
「どうとは」
「ハインストの件のことさ。あれほどの者たちが監査庁に属すというのだ」
なんて反応するのが正解なんだろうか。
えー、すごい~パチパチ……は違うか。キャバクラじゃあるまいし。
(普通に返したら良いと思いますよ。アイリスは傭兵出身なんですから)
エリルのアドバイスに、それもそっか、と納得。
「この話が広まれば、国民は安心すると思います。私としても心強いです」
視点を転生者側ではなく、あくまで王国としての視点で。
今の立場を僕は忘れてはならない。
アイリスは王国に属していながら、転生者の敵なのだ。
その点でいえば、ロバート側の意見を肯定的に捉えておいた方が流れとしてはスムーズに進む。
「そうだろう。これを機に、冒険者が監査庁側に加入しやすくなった」
──これは、フーシェンが監査庁に加わることを示唆しているのか。
「冒険者と監査庁は互いに中立組織。特定の派閥に属していない同士ならば、人の行き来はしやすそうではありますね」
「そうだな。冒険者には冒険者の仕事があるが、平和の維持としての機能は監査庁がこれから担っていくという見込みだ」
円滑なコミュニケーションが今のところ成功している……気はするが。
ロバートが本当に世間話をするためだけに僕を呼んだとは考えにくい。
「だが、デュアラル王国は監査庁にそこまでの権力を与えてはいない。ロベル王国やペネロ王国は監査庁に平和維持の機能を補ってもらっているという状況で、犯罪率も低くなってきているというのに」
「そうなのですか?」へぇ。そんな話があるのか。
「ああ。冒険者組合の本拠点がデュアラル王国にあることも起因しているとは思うが、この王国は監査庁が機能しにくくなっているのだ。他国で成功をしていることを無視し、独自の方法で突き進んでいっている」
「先の血盟報告会も本国で行われていると聞きました」
「その通りだ。だが、徐々に権力図としては冒険者から監査庁に移っていくだろう」
かなり楽観的な見通しじゃないか?
一応はそこを聞いてみるか。建設的な話し合いをしたいだろうしな。
「そうでしょうか。冒険者は未だに勢いのある組織だと思っていますが」
「民がそう望んでいるんだよ。便利屋よりもいま世間が欲しているのは悪を滅ぼすヒーローさ。君のようなね」
そういうとロバートは奥の机から立ち上がり、向かいのソファに腰をかけた。
「アイリスくんは王国で大衆のヒーローとして活躍をしていくのだろう? そのための紫蘭之団だと聞く。だが、負担が大きいだろう」
ああ、そのために僕を呼んだのか、ロバート。
コイツが【アイリス】という存在にすり寄ってくる理由がなんとなく分かった。
「我々が手を貸そう。分からぬことも多いはずだ」
扱いやすいからだ。
傭兵上がりという学がない存在なのに賢者という称号Ⅰ持ち。
先の件では大衆に王国を守る楯としてのアピールも行えている。
あと、外見が良いのもそうだろうな。
いわば、馬鹿な奴が権力を持ってるし皆に支持されてるから付け入りやすいのだ。
(王国で認知されたヒーローが監査庁と協力関係になれば王国も無視ができない)
王国の即応部隊だとしても国が認めた団長だ。
そんな奴が監査庁と手を組めば、監査庁の影響力は一気に広がる。
「もちろん、アイリスくんにも頼ることが多い。忙しくはなるだろう。だが、先のハインストの顔ぶれを見ただろう。子どもの頃に憧れた英雄たちがああも揃っているんだ」
ロバートは僕の手を握り、上から撫でた。
(はっ倒されてぇのか、このジジイ)
悪寒が胃袋を刺激してきた。
一方的な好意というのはこれほどまでに醜悪で吐き気を催すものなのか。
パーティーでお祭りムードで酒を飲まして、ああやってハインストのメンバーの顔ぶれを見せておいて誘う。
「そして、私なら今からでもアイリスくんをハインストに入れることができる。もちろん、私からの支援付きだ。手厚い支援がね」
その挙げ句に、貴族権力を振りかざすか。
手慣れてるな。
奴隷相手に欲望を発散していると聞いていたが、一般人にも同じようなことをやっているのか?
「もちろん……それもアイリスくんにしてもらいたいことがある。……ここで起こった話を誰にも言わず、受け止めてくれるだけでいい」
「っ……」まずい、顔に出たか。「あはは……それって、どういう……」
「そのままの意味さ」
コイツ、本気かよ。
これって……そういうことだよな。
いや、さすがに年齢差を考えて……。
(ますたー、とうとう夜伽に誘われましたね……!)
エリルの言葉にげんなりした。
やっぱり、そういうことだよなぁあああああ……。




