446 ええ、皆殺しにしてやりましょう
屋敷が揺れるほどの拍手が耳を侵した。
僕は立ち尽くしたまま、誇らしげに手を上げるログリオさんを眺めている。
(……なんだこれ)
胸の下に釣り針でも引っかかったような気分だ。
「監査庁の直属の組織となり、我々は世界の正常化のために働きます」
胸元に手を当て、頭を下げる英雄の姿に皆は再び拍手を送った。
バチバチバチ、と。
雷鳥が悲鳴を上げるように鳴り響くソレを景色の外に置いて。
俯瞰するみたいに。当事者意識がない訳じゃないんだけど。
目の前に広がる非日常を、受け入れないように心が遠ざけているのだ。
「転生者のいない世界を、我々は取り戻します!」
盛り上がる。
皆の熱気が高まっていく。
プレゼント箱を開ける子どものような表情で──大人たちが──この世界の大人たちが──さっきまで話し込んでいた人たちが──彼の言葉を待っている。
まるで、人の皮を被っただけの人形のように思えてきた。
言語が一緒。
目と口と鼻もある。
二足歩行で、意思疎通もできる。
なのに、こうも違う。
「皆様、グラスを手に」
との呼びかけに壁の端に備えていた給仕係がワイングラスを持っていない者たちにグラスを渡しに来た。
一斉に動き出した白と黒の彼らに渡されるのを手が空いていた僕は待っている。
近づいてきた男性の前にリリーさんが体を入れ込み、ン、とグラスを渡してくれた。
(慣れろよ、アイリス。これがココの普通だ)
耳打ちをされて、僕は上がっていた顎を下げる。
「…………はい」
分かっていたことだ。
分かっていたことなんだ。
ハインストが監査庁と繋がりがあることくらい。
ロベル王国、ハインスト、ロバートは監査庁と繋がっている。
それを確認し、敵上の視察をするために僕はやってきたんだ。
こんな場所で一々気分の浮き沈みをやっている場合じゃない。
(…………落ち着け、アイリス)
浅くなっていた呼吸を整えるために僕は肩を動かさずに深呼吸をした。
今のぼくはアイリス。転生者を殺す賢者だ。
「さぁ、転生者のいない世界を!」
僕は皆の動きに合わせてグラスを掲げ、言葉を追った。
演技は得意だろう、アイリス。
だから、体よ、そんなに震えないでくれ。
貴様がこれから演じるのは皆の期待、要望に応える王国の賢者なのだぞ。
「「転生者のいない世界を!」」
転生者の敵であり、ここにいる彼らの味方なのだ。
毒を飲め。
表情を凍らせろ。
目の輝きを消せ。
グラスに浅く溜まった血液のようなワインを右倣えで胃に流し込む。
「我々で平和を勝ち取りましょう!」
大きく盛り上がる人たちの中に、僕の姿は溶け込んでいく。
声援を上げ、天井から吊るされたように胸を上げ、英雄の言葉を体中に浴びる。
隣にいる貴族達との談笑をして、これからの展望に胸を踊らせる。
あぁ。
なんて、心地悪いのだろう。
「アイリス様も頑張りましょうな、我々の平和のために!」
皆が僕にグラスを向ける。
仲間であることを確認するようにグラスを合わせるのだ。
──まるで、銃口を突きつけられてるような気分だ。
僕はそれらにグラスを傾けるようにして合わせた。
コツン、と。
可愛く鳴ったガラス食器。
そして、皆の期待に応えるために僕は口から馴染ませたばかりの言葉を発する。
「ええ。転生者を皆殺しにしてやりましょう」
とことん気分が悪い。




