445 膨張する正義
ティナ先生って弟子がいるって言ってたっけ。
なんか聞いた気がしなくもない。
でも、同名の弟子って……どういうこと? 種族が違うから親族ではないのか。
「師匠は元気にしてる?」
「はい。いつも通り元気で、本当に」
「そっか。良かった良かった」
この人が一番弟子なら、僕の兄弟子になるのか?
ハインストってもしかして転生者の件がなければ馴染みやすい場所だった?
ティナ先生もこんな人が弟子にいたなんてもっと早く話してくれたら良かったのに。
──胸元にあるのは白翼等級。
(うわっ……だから名前以外が見えないんだ……)
最上位二階。さっきのアサルトリアのアラシって人の一つ上の階級だ。
隣の人は服に隠れて見えないけど、話している間柄を見て同程度の実力者だろう。
「ところで、アイリス国定魔導士殿」
(どの……?)
「今日はどのようなご要件で来られたので?」
急に口調が変わったティナさんを不思議そうに見るが、にこにことした顔を崩さぬまま首を傾げられた。
「ロバート公爵閣下に呼んでいただけたので。同じ隊のメンバーである彼女と一緒に」
後ろの方でこちらを心配そうに見ているリリーさんを見やる。
「へー。まぁ、旦那は悩みがあれば解決してくれるから気軽に相談してみると良い」
「国定魔導士様、コイツの話をあまり鵜呑みにしないようにな」
「なんだよウーさん。先輩風吹かせてたのに、びゅーってさ」
ムロさんとレヴィさんのやり取りを見てる時みたいな安心感がある。
長年一緒に行動をしてきたのだろう。羨ましいなぁ。
「あ、そーだ」
そんなことを思いながら眺めていると、ティナさんは思い出したように。
「最後に、兄弟子としてちょっとお話しておくよ!」
というと、グイッと僕の頭を近くに寄せた。
「多方面に愛想良くするのは辞めといた方がいいぜ」
「……!」
胸元にある僕の顔の横に顔を寄せ、後ろ頭をぽんぽんと叩いてくる。
「王国に着くか、ロバートに着くか。嬢ちゃんは賢そうだから言っておくが、ここらの奴らは甘い奴らなんていないぞ。興味本位で飛び込んできたなら帰りな」
周りの喧騒に掻き消されそうな声量で呟かれたその言葉。
どれだけ耳が良い人であっても聞こえないだろう。
「なにをこそこそと話してるんだ?」
「ン? なーんにも!」
パッと頭を離され、ティナさんは手をグッパとして応えた。
「…………」
この人は……鋭い人だ。
僕が何をしようとしてるのかなんとなく分かっているんだ。
王国側にいるアイリスが、ロバートの派閥に手を出している。
良い顔をしてパイプ役になろうとしているか。
本当はこっちの派閥に付きたいのか。
そもそもその派閥争いとやらを知らないのか。
王国VSロバート。二大貴族という名前であるというのに、ロバートと王国の方向性は異なっている。
僕がやってきた時点で、派閥意識が強い人達は警戒をしていただろう。前回の一件も相まって、僕の立ち位置というのはあやふやになっている。
が、仮にも【紫蘭之団】という王国元帥が管理している自由に動かせれる部隊の隊長だ。
(…………あぁ、怖いな。腹の探り合いっていうのは)
思い悩んでる僕の視界に手をフリフリと入れてきた。
顔を上げると、ニヤッと笑っているティナさんの姿。
「じゃ、俺たちは戻るわ。そろそろ行かなきゃだろうし」
隣にいるウィンストンさんもペコと頭を下げて離れていく。
「ティナ、さっきのは」
「世渡り上手そうな弟子にちょっとアドバイスをしただけさ」
辛うじて聞こえてきた2人の会話に肝が冷えた。
会話の一つ一つから読み取ってくる情報が多い。
表情を隠してコレなら、顔を出していたら全部筒抜けだったろう。
「こらこら、アイリス隊長。お酒が進んでないんじゃないですかっ」
リリーさんが登場。ワイングラスを片手に持ってきて、スネを蹴ってきた。
「ハインストの奴らに声をかけやがって、殺される前に私が殺してやろうか」
「え、いい人そうでしたけど……」
「いい人な訳がねぇだろ。ログリオの部下だぞ。良いヤツな訳がない」
見る目がねぇのか、とまた蹴られた。もうメンタルも体もボコボコだよ。
「いいか、ハインストの奴らはなぁ。お前が思ってるよりも──」
「──お集まりの皆様方」
声が聞こえ、今までざわざわとしていた周りの声が止んだ。
それによって僕らの小声でのやり取りもストップ。
真ん中にあった階段の上からゆっくりと降りてきたのは──ロバート。
「今宵はお忙しい中、この場に集まっていただき、誠に感謝する」
恭しく頭を下げる二大貴族に他の貴族も軽い礼をする。
冒険者達(僕もふくむ)はなんのこっちゃわからないので釣られて頭を下げる。
こういうのは決まり事をしってる人に習えばいいのだ。
葬式の時のお線香みたいなもんだと学んでいる。
「集まっていただいたのは他でもありません。私の古きからの知人であり、同志のログリオのことでです」
ロバートは階段の上に手を差し伸べると、上の扉が開きログリオさんが登場。
こういう演出なのは考えられてのことなんだろうが、なんだか新鮮だ。
正装のログリオさんかっこいいな。すごく強そうだ。
「ここから先は直接、彼の口から話をしていただきましょう」
というと、ロバートは場所を譲る。
二大貴族のはずのロバートが霞むほどの存在感。さすが生ける英雄だ。
「……ご紹介にあずかりました、ログリオです。初めて会う方も多いので少しばかりお話でも」
柔和な雰囲気で物事を進めようとロバートを振り返る。頷かれたので、ログリオさんはにっこりと笑みを浮かべたまま話し始めた。
「私の種族は見ての通り暗黒森の番人であり、冒険者です。何十年も、何百年も冒険者として活動をしてきました。以前は剣闘士協会の皇という役職にも就かせていただき、そこで出来た知人達で作ったのが今、私が血盟主であるハインストです。この度の血盟の順位では二位から四位へと転落してしまいましたが、私が仲間たちに他の仕事を押し付けていたせいで落ちてしまいました。四位では威厳がないだろう、と仲間に小言を言われたものです」
ハハハ、と笑う場所を作られたのでそこで空気を吸った。
最終帰着点を知らない話を聞くのって緊張する。
というか、ハインストってそんな経緯で作られた血盟なのか。そりゃあ、強い人が集まる訳だ。
「ロバート閣下とは先々代の時期からの同志であり、様々なことを行ってきました。今ではこのような立派な服を着させていただいていますが、中身はただの剣を振るうだけの冒険野郎。貴族様達のできることが私には難しくてできないのです。なので、難しいことはロバート閣下にしていただき、私は腕っぷしで頑張る、といった役割で長年と良きパートナーとしてやってまりました。ハインストがこんなに大きくなれたのも、ロバート閣下のお力添えがあってのこと」
ロバートも優しく笑い、ログリオさんは大人染みた笑みを浮かべる。
だが、おじさん同士の仲良しトークをしにここに来た訳ではないのだろう。
──ハインストは近々、大きく変わろうと思っていてね。仲間を募集中なんだ。
あの時、ログリオさんの言葉を思い返す。
大きく変わろうとしている。それが何なのかを話すはず。
「そんなハインストですが──」
というと、ログリオさんは目を細め、勿体ぶるように間を作りだした。
静寂が膨らみ、破裂するほどの緊張感が高まると彼は一言。
「この度ギルドを脱退し、監査庁直轄の組織に置き換わることが決定いたしました」
と言った。




