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439 肌寒く感じる家の中で



 冬の寒さが尾を引く季節。

 白い息の色づきが薄くなったと感じる。


 あれから程なくして、冒険者ギルドが再開したという話を聞いた。

 依頼を受けに行かないとなぁ、とか。

 麻央さんからもらった素材をどうしようかなぁ、とか。

 そんなことを思いながら、することもなくなった僕は家の中で久々にボケッとしていた。


(こんなに家って広かったっけ……)


 木目調の天井のシミが人の顔に見えるなぁ、なんて思っているとそこにピッタリ人の顔が入ってきた。


「ますたー! なにしてるんですかー?」


「傷心中なの」上を向いたまま手を広げる。そこにエリルがぽふっと収まった「なんかねー……」


 イブの一件もあったし、なーんだか、気持ちが落ち着かない。

 地面に脚をつけたいけど、頭がそっちを向いてくれない感じ。

 こんな気持ちになったのは久しぶりだ。

 いつぶりだろう。

 

「あ…………母さん達が離婚した時……みたいな感じだ」


 見慣れた景色の端に姿が見えなくなって。 

 狭く感じた玄関の靴置き場が広く感じて。

 扉を開けた時に無機質な寒さが体を包む感じ。

 だから、なんだか、広く感じるんだ。

 今まであったのが無くなっちゃったから。

 

「ますたー……」もぞもぞと腕の中のエリルが動く「慰められたいですか?」


「…………え、なに、聞き間違い?」


「慰められたいです?」


 スッと僕の顎下を撫でるエリルに思わず、ふは、と笑みがこぼれた。

 

「なーにー? その言い方。不思議な言い方をするなぁ、エリルは」


 顎下から耳の横まで伸ばしてきた手に体を委ねる。

 そのままごわごわと撫でられる手の暖かさに口元が緩んだ。


「あったかいなあ……」


「エリルちゃんはあったかいのです」


 お腹辺りにあったお顔が首下まで上がってきて、エリルの温かさが皮膚を通じて内臓まで温めてくれている。

 子ども体温っていうんだっけ、こういうのって。

 だけど、あったかくなるからこそ、届かない場所が浮き彫りになってしまう。


「……友達がいなくなるのは寂しい。こっちに来る前も……友達を僕の選択で無くしたんだ」


「肩を揉みましょう」


 と言われ、座らされて、エリルが後ろに回った。

 ぐいぐいーっと指圧にぬぅぅとなんともいえない声を漏らす。


「この世界じゃあ、誰も失いたくないから……頑張ってたんだけどなあ」


「横になってください」


 今度はグイッと引っ張られ、そのまま後ろにころんだ。

 すると、うつ伏せになれって言われて体勢を変える。


「……エリル?」


「なんです?」


「…………いいや、えーと。え、なんでそんな「なにが不満なんですか?」みたいな顔してるの」


「いいから、黙って揉まれてりゃ良いんですよ。おりゃ、おりゃりゃ」


 上げていた顔をゆっくりと下ろして、顎の下で腕を組んだ。


「ますたーは大人のフリがお上手ですから、こういう時間が必要なんですよ」


「お世話になってます」


「もっと世話をさせてくれりゃあ可愛げもあるんですがね!」


「可愛げがなくてすみませんね〜」


 ペシッと叩かれて、僕は起き上がって体を伸ばした。

 冷えていた体に血液が巡り、どんよりと鈍化していた思考もストレッチを始めた。

 心なしか、辺りがよく見える。目もよく開いてくれる。

 イブがいなくなっちゃった隙間は埋まることはないけど、それでも、さっきよりかはマシだ。


「それでも進まなきゃ行けないって分かってるから」


 というと、エリルがジトッという目で見上げてくるのでその可愛らしいおでこに触れた。


「可愛げを出すのはその後で良い?」


 頑張り時に逃げる方がつらいって、僕は知ってる。

 今、頑張らないと、もっとしんどくなって未来を狭めてくるのだ。


「ますたーが逃げても誰も文句は言いませんよ?」


「だからだよ。だから、逃げれないんだ」


「……それって──」


 ──こんこんっ。

 扉がノックされた。

 誰だろう、予定があったかな、とおもいながら玄関まで歩いていく。

 鏡で身だしなみと目が隠れてるかの確認ヨシ。


「はーい。どなたー……」


 とドアを開けるとエントランスが広がっていた。

 目の高さに誰もいないのだ。ピンポンダッシュ?

 気を抜いてたけど、魔素感知に集中してみるか……。


「よっ」


 下から声が聞こえたので、見下げてみると金髪が目に入り、更にその下には襟巻きをしているリリーさんのお顔。

 寒いのか、分血の暗黒森人(ダークハーフエルフ)の艶のある褐色の肌が赤く染まってる。


「りりーさん。おはようございます」


「はよう!」なんで怒ってるんですか。「さっそくだが、招待状だ」


 人指し指と中指で挟んでいる手紙を出してきた。

 あけてみろ、と促される。こんなちゃんとした手紙……でも、王国の紋章じゃあないな。

 こういうプレゼントって目の前でベリベリってしていいんだっけ。

 ……いや、さすがにやめとくか。


「はやく開けたまえ。耳が凍える……」


 と長い耳を温かそうな手袋で包んで、ばたばたと脚を動かすリリーさん。

 身長が小さい人って確か寒暖差に弱いんだっけ。いや、余計な思考か。

 丁寧に開けてみると、中には冒険者ギルドの印が押された紙があった。

 それも立派な紙だ。ぺりっ。え、なにこれ、どういう……。


「……ティータへの血盟加入の証明書?」


 文字面を読み上げる。隣に立っているエリルにも傾けて見せる。


「ああ──ズビッ──そうだ。申請しておくと言ったろ。さっそく申請してきた」


「僕が同伴とかしなくてもできるんですか……?」


「普通はできん。が、私と副職員長ならできる」


「ナグモさんかぁ」


 なんかすごく腑に落ちた。この二人なら強引に加入させれそうだ。

 横のエリルが移動しそうですね、と言い僕の体内に入っていく。

 

「これで後には引けないなぁ」


「だろ」ニヤッと笑うリリーさんから白い息が出てきた。「引かせないつもりだからなっ」


 この人は本当にそういうのが早くて上手いな。

 やれやれって気持ちですよ、ほんと。

 ティータの団員か、実感ないな……。

 と考えているとぽんぽんと僕の腰を叩いてきた。


「ンで早速なんだが、うちの血盟で歓迎会をする。来い」


「歓迎会……ちょっと苦手なんですが」


「血盟主命令だ」


「飲み会とかないって言ってたじゃないですか……!」


「ほとんどない、だ。たまにある」そんな殺生な……「ほれ、行くぞ」

 

 血盟の説明の時にはホワイトなことを言ってたのになぁ。

 とぼとぼと着いていくと「シャキっと歩け」と怒られた。

 そして、普通に歩いていると「歩くのが早い!」と怒られた。

 ケトス。お前の気持ちがよく分かるよ。リリーさんって怖いね……。


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