437 待ち人の正体
時は遡る。
ログリオとイブは立ったまま去っていく者たちの背中を見送っていた。
「イブ、いいのかい?」
「うん。……大丈夫だよ、ファザー」
晴れやかな顔をしたまま踵を返し、ハインストの所有している家に戻っていく。
中央広場に面している場所に立てられた細長い建物。そのためにクラディスとスケアの戦いに気づくことができた。
入り口を入るとすぐに二階への折返しの階段があって中は灯りが付けられていない。
「それに、多分、だけど……あの女の子だと思う」
「……あの緑の入った黒髪の少女かい」
「はい」
袖についた雪を落として、ログリオの話に頷く。
「ただ、確証が持てない。……でも、この感覚が本当なら場所を考える必要があると思います」
「ふむ。……まだ様子見といった段階か。まぁ、急ぐものでもない」
「です」ふわとした笑みを浮かべて同意をして階段を登り始める。「それに、あの隣の女性はふぁざーの知り合いなんですよね」
「リリー。解析士としてかつては監査庁の上層部にいた少女さ」
ログリオ的に見れば『少女』であることに間違いないが、少女というには桁が一つほど多い。
それに気付いたイブは肩をすくめるようにしながらも笑って応えた。
「どのみち、転生者だった場合は全面戦争になる。多くの死傷者が出ますね」
「リリーが気付いていないのが気になるがな。…………」
かつてのリリーの貢献度というのは本当に大きかった。
このイブという少女が『研究成功個体』だと調べるためにも活躍をした。
だが──彼女は、多くの『死』と触れ合い過ぎた。
休暇を取るという体で監査庁を離れ、もう一つの冒険者に専念をして、血盟を準上位血盟にまで上げた。
楽しくやっているのは知っている。数少ない血盟員に囲まれ、普通の女性としての過ごしを満喫をしている。
あの鬼気迫る表情をする彼女はもういない。
それが、良いととるか、悪いととるか。
「失望をさせてくれなければいいんだが──」
ログリオがドアノブに手をかけると、向こう側からガチャッと開いた。
「って、旦那ァ。どこ行ってたんすか!」
扉を開けた先の明かりのついていない部屋にいたのはワインレッドの髪色をしている青年。
長い髪の毛を後ろで一本の三つ編みにしており、上着の下には南に位置するARCUS大陸に住まっていた民族衣装のように見える。
「全員揃ったって言った側からどっかいっちゃうんスから」
「悪い悪い。イブを出迎えに行っていてね」
「ヤッ、ティナさん」
ログリオの影からひょっこりと顔を覗かせたイブにティナと呼ばれた男性は目をパチクリ。
「あ、そっか〜。お嬢様がお出かけ中だったのか」
「なぁにぃ〜? ボクのこと忘れてたの?」
「いンや。そんなこたぁねぇさ。ずっとお嬢様のことを考えていますとも」
「フフ」
「ハハハ」
猫目で近づくイブと、腕を組んでニコニコと笑うティナ。
「オマエは心配性なのだ」
「でもよ〜、ウーさん。旦那がいなくなるとびっくりするだろ〜? 俺たちを呼んだんだからあれっあれっ、ってさ」
「なるわけがない。そもそも迎えに行くと言っていたぞ。オマエが聞いてなかっただけだ」
窓際の少しの灯りだけで本を読んでいた男性は黒髪に捻りが加えられた小洒落た格好をしていて、眼鏡を着用をしている。読書をしている姿が様になっているのは彼が魔法使いであるから。魔法の杖や箒を浮かばせて遊ばせているのは、どうやら並行で情報を処理するための練習なのだという。
「ティナはソファでくつろいでいたからな」ログリオは外套を入口横の服掛けにかけて「ウィンストンは掃除をしてくれていたのか、ありがとう」
「いえ。しばらく誰も使ってなかったようなので」
「潔癖がよぉ〜」
「うるさいぞ」
ログリオとイブの旅先は協会だった。そこで拾ったのが同じ血盟に属しているこの二人だった。
二人には今まで自由行動をさせていたが、彼らの手も借りる必要がでてきた。嫌な顔をせずに応じてくれた二人には感謝をしなければなるまい。
そして、この王国で待っている相手というのも……かつての仲間の一人だ。
「ンにしても、血盟の創立メンバーが全員参加ってのも感慨深いな」
「それは同意をする。まさか、呼びかけに応えるとは思ってもみなかったが」
「ん? あ、そっか。誰か待ってたんだっけ?」
イブが首を傾げていると、ウィンストンが手を叩き、机の上においてあった角灯に火が点す。空間が薄く照らされると、彼は本を開きながら。
「そこにいるぞ。目を凝らしてみろ」
「……そこ……って」ウィンストンが首で示した方に目を向けて。
「実際、私も来てくれるとは思ってなかったよ。連絡をしていた身ではあるんだがね」
光が照らす先に見えたのは、鎧。
「イブは会うのは初めてかな? 紹介しよう。ハインストの創立時からいて、稀代の槍使いとして名を轟かせた────」
角灯の火が強く燃え、体全体が光に照らされた。
全身が光を喰らうような黒鎧で覆われ、肌の一部も外に露出されていない。鎧は主人の体を護ると同時に近づくものを拒むように鋭く尖っていて、ヘルムから伸びている二つの蜷局角は怒りの感情を具現化したように禍々しく、見ているものを不安にさせる。
「──モーティア。彼女は強いぞ。札付きではあるがね」
第二期転生者のモーティア・オブス・シュヴァルツベート。
クラディスと戦い、情報を共有をした人物。
そして──アンの母親だ。




