426 いっしょにいたい
「…………絶対に、ボクと一緒に居たほうが……幸せなのに」
「重たい女は嫌われるぞ。いい加減諦めろ」
ギリッと歯が軋む音が聞こえると、顔を抱きしめられた。
ぐ、くるしい……。ギブギブ。レフリー。レフリー……!
「嫌だ……!! ボクはクラディスと一緒にいたいんだ!」
「なんでそんなに気に入られてんだよ……少年」
「ぐぬ、うぅっ、いっや、あのっ」
困惑するリリーさんに答えたいけど、ちょっと今、それどころじゃないです。呼吸ができないんです。喉を締め付けられてます。死にそうです。
「……イブ、は、ぼくの友人……なの──デッ!?」
「友人って程度じゃねぇだろ、耳食われてるじゃねぇか」
抱きしめられながら耳とか頭とかをガジガジと、歯型が着くくらいの勢いで噛まれ始めた。
「まぁ、耳くらいは……」ガジッと噛まれて、血が吹き出した。「痛いですけど」
イブ? 痛いんだけど?
あ、こっち見た。うん。やめて? 痛いから。
「クラディスと一緒にいたいいたいいたい〜!!」
「痛い痛い痛いッ!?」
なんだこれ。ほんと、なんだこれ。
両耳を噛まれた。甘噛とかそういうレベルじゃないって。
叫ぼうにも叫べれないし、ログリオさんがいる手前、イブを引きはがすのも難しいし。
ガジガジガジガジ──……痛いよぉ……やめてほしいよぉ……。
「あと、コレ。称号Ⅰ持ちを探してる大英雄さんに」
「ん」
そんなやり取りをしてる横で、大人たちは別の話をし始めたし。
こっち助けて。愛情表現だとしても過激すぎるんですが。
「今度会う時に渡そうと思ってた奴。ウチのケトスが勇者だっていう証明書。アンタらが引っ張られてたのはコッチじゃないか?」
「ほお。ケトスくんが……そうか、素晴らしい」
「あ、でも勧誘すんなよ。籍は私ンとこだからな」
「リリーはケトスくんとクラディスくんを独り占めするのか……強欲だな」
「強欲結構。強いやつを集めるのは当然だろ。分かったら消えろ。──この子は私ンだ」
「あ」
グイと引き剥がしてもらい、なんとか一息つけた。
首とか、耳とか、頭とか噛まれすぎて……じんじんしてる。冬の風が冷たい。
「イブ……その、噛むのは……痛いので」
「一緒にいたい人なんだから仕方ないでしょ!」
「えぇ〜??」
なんでそんな吹っ切れてるの? さっきまでなんか凄い表情だったじゃないですか。
雰囲気が柔和になった……っていうと語弊がありそうだからアレだけど、冗談を言えるくらいの雰囲気にはなった。
「うううううううううううううう、おばさん……クラディス……連れてくのダメ?」
「ダメだ」
「うううううううううううう」
「ダメだ」
「二回も言わなくても分かるよーだ……。もお……最悪だよ。ふぁざーからも何か言ってよお」
「私はリリーにはたくさんお世話になったからなぁ……あまり強く出れないんだ」
「もおおおおおおおおおおおおお、やだやだやだ!」
「駄々をこねるな、見苦しい」
「クラディスぅ…………」
「ごめんね、イブ。また近くに来たら遊ぼ、ね?」
「…………ずっと一緒にいたい」
「諦めが悪い奴だな。ほれ」というとリリーさんはイブの首根っこを掴んでログリオさんの方に放り投げた。「ソイツの手綱をしっかりと握っておけよ、大英雄」
「……分かったよ、リリー。が、キミも失望させるようなことはしてくれるなよ?」
大人の会話に一切入ることができずに、悲しそうに唸っているイブに苦笑いだけを向けた。
親の仇くらいリリーさんのことを睨んでいるが、あしらわれているからかそこまで深刻な様子には見えない。
こういう時に大人っていうのは頼りになるな。ぼくは言っても子どもだし、それにあしらえるくらい実力がない。そもそも転生者っていう後ろめたさもある訳だし。
助かった。リリーさんに後で色々とお礼をしないと。
……おかねなんてないけど。
「はぁ、はぁっ。リリーっ、さんっ……走るのっ、はやいですぅっ!」
そう思っていると、広場の向こう側からこちらを見つけたであろう人影がこちらに走ってきていた。
えらく遅い速度で息を切らせながら走ってきたのは……
(佳奈! なんでここに……)
「…………!」
「お、ようやく来たか。まぁ、今終わったところだ」
「はっ……うぇ……吐きそう……っ、ひろすぎだぁっ……」
「リリー。その子は?」
「私の新しい付き人。雑用係〜。タフなやつで使いやすいんだ」
汗をかいた顔をログリオさんに向けて、ぺこ、と会釈していた。
イブと目が合うと、お互いにジィと見つめていた。
不思議がられるのも仕方ないか。みんなにとって新顔だし。あと、行き交う人も驚いている。この空気感の中に飛び込めるって凄いって評価なんだろう。
「さ、帰るぞ。用事は済んだんだからな」
「ぐぇ」
荷物をまとめると、リリーさんはぼくの襟首を掴んで引きずるようにして出ていこうとした。
なんで佳奈がリリーさんと一緒に行動してるんだ? 新しい訓練場とやらに関係があるのか……?
……あと、これで、全部終わったのか? まだ、なにか──
「クラディス」
水滴が落ちるような声がイブから聞こえた。
顔をふ、と上げると彼女は澄んだように笑っていた。
「………………またね?」
「? うん。またね」
さっきまで怖い顔をしていたけど、最後はいつものイブに戻っていた。
いや、いつもイブ……というか。
まるで、探しものが見つかったような顔をしていた気がする。




