424 わがまま
怖い、と感じることは何度もあった。
だが得体のしれない恐怖はそこまで数が多くない。
ログリオ・ピラトレット。
元、剣闘士協会の皇。その実力は折り紙付きで、生ける英雄、との声も名高い。
以前にぼくを誘ってくれた時にも少し疑問をいだいていた。
ぼくやケトスをハインストに誘う理由を。
この人の実力をぼくは見たことがない。だけど、恐ろしく強いのは確定をしている。
そんな人が……なんで、こんな、ぼくに目をつけるのか。
「クラディス! ボクと一緒に来ようよ! 丁度、新しい人が増えるし」
イブに手を引かれ、表情が強張った。
さっきのイブの話を聞いてからこの話に行き着く。そこから考えられるログリオさんの思惑。
──これは、勧誘ではない。
「なんで、ぼくなんですか」
「イブと仲良しだからさ。それに今のキミは知名度がある。ネームバリューがね。それだけでもハインストに入るのに十分さ」
「ハインストに所属している人のランクの最低階級はイブの白金等級。平均は蒼銀等級です……ぼくが入れるような血盟じゃない……」
「それは結果的にそうなってるだけで、別に階級が高い者だけを呼び込んでいる訳ではないんだ。悪い話では無いだろう?」
「…………悪い話ではないです。この身に余るお話をいただけて、光栄です」
顔を伏せながら答える。
前ほど、圧力を感じることはない。だが、やはりこの人と向き合うのにはレベルが足りない。
けれど……前ほど、なにも用意をしていない訳じゃない。
「ですが、お断りします」
はっきりと言うと、二人は目を大きく見開いていた。
断られるとは思ってなかったのだろう。それも、二度も。
「クラディス……なんで? なんで、そんな」
「下位ダンジョンを攻略した後、多くの血盟から勧誘を受けました。その中で既に話を通している血盟があります」
「ならば、そこより条件を高くしよう」
「申し訳有りませんが、条件ではないんです」
「では何かな?」
「お世話になった血盟ですので」
質問に端的に答えると、ログリオさんは唸る。
「…………そうか、キミはアサルトリアのエース達に拾われた子だったな」
そこらへんの話は伝わっているみたい。
アサルトリアの血盟主のマーシャルさんとも交友関係だという話は聞いていたから。
でも、違う。
「──ぼくが入るのはアサルトリアではありません」
といいながら、ぼくは収納袋から招待状を取り出して見せた。
そこに刻まれているのはとある血盟のエンブレム。
斧と剣が横に並び、盾のような模様の周りを囲むのは葉、その中央に位置するのは星。
「ケトスのいた血盟。恩寵ノ集に加入するつもりです」
「……!!」
これが何を意味しているのかをログリオさんは理解している。
イブが監査庁に強気に出られるということは、ログリオさんも監査庁とは仲良くしているのだろうと思える。
つまりは……リリーさんの2つ目の職業についても理解をしている可能性が高い。
リリー・フィン・イレネロ。彼女はこの大陸で唯一の解析士として富を築いた人物である。
監査庁と以前まで契約をして、多くの転生者を葬ってきた転生者の敵。だが、今はぼくの良き理解者だ。
その人が盟主の血盟。
つまり──この招待状は、ぼくが【白】であると間接的に証明しているものになる。
「ふむ……リリーの血盟に……」
「申し訳ありません。せっかく誘ってくれたのに……」
これでなんとか逃れることができそうだ。
リリーさんに依頼をしていてよかった。というか、強引に連れ去られそうになった時ように『形式上でいいから招待状をください』と言っていた過去の自分に『よくやったでしょう』を送りたい。
ログリオさんがまさかまた来るとは思ってもみなかったけど……。
「……ふぁざー」
「?」
「その人に合わせて。直接話をつけるから」
「え」
なに言って……イブ?
「欲しい物は力づくで奪うのが冒険者だ。なら、まだ、そのやり方をしてもいいよね」
「……だそうだ。悪いね、少年。うちのワガママ娘がねだるもんだから──ちょっと話し合いでもしようか」
大人なら手を引いただろう場面で、貪欲な行動を起こす。
ログリオさんは驚いているような素振りはない。これがイブなのだ。そして、すぐに切り替えたということは──彼女がこう言うと思っていた可能性がある。
子どもが言うことだから仕方がないよね、という風に。
随分、大きな子どもだこと。
これはもうぼくができることはない。リリーさん次第だ。




