407 王都襲撃の手引き
「昨日のことのように思い出します。私が【紫蘭之団】に誘われるきっかけになった王都襲撃の件……アレには、どうもおかしな点が多かった」
賢者は語る。
処刑台の上で大衆に向けて、この舞台を完全に自分のモノにして。
皆が首を長くして次の【餌】を待っている中、そこに丁寧にトッピングをするように、順序立てて、誰でも分かるように。
誰でも……怒れるように。
「王国内で襲われた場所を調べると、王国の憲兵駐在所の数が少ない場所を狙われたということが分かりました。つまりは、警備の手薄な場所が敵に狙われたということになります。血盟の拠点もそうです。近くに血盟拠点がある場所もありましたが、そこは冬季の間、休業をしていたり、迷宮に挑戦をしていたりと不在だった」
魔族の出現場所は北と南に集中しており、西と東は多くなかった。
これはデュアラル王国がこのARCUS第四地区の最東の街にあることが関係している。
人の出入りが最も多いのが西門。次に多いのが南で、東、一番少ないのが北。人の出入りの多い所には必然として駐在所があり、血盟拠点などもあることが多い。
北は出入りが少ないから狙われたのが分かるが、何故、南に敵が集中していたのか。
それは、語るまでもない。南は出入りの割には駐在所が少なく、血盟拠点が多い。そして、その血盟は冬季の間に活動を休止しているところが多かったからだ。
要するに「人の出入りが多い」のに「守衛戦力」が時期的に少ない。これが理由だった。
「次に、魔族の出現場所。これを調べていくと、幾つかの宿泊所であることが分かりました。魔族を転移させたのが魔王軍であるという話は皆さんご存知かもしれませんが、その転移先の指定が宿泊所にされていたのです」
大衆が眉をひそめるのが台上にまで伝わってきた。
それは、どういう意味なのかがすぐに分からなかったからだ。
「警備の薄い区域を狙われており、転移先が宿泊所とされていた。そして、転移先を指定するためにはその場所を事前に訪れる必要があります。……これらのことから『王国の情報を何者かが魔族側に流布し、手引した可能性がある』と見て、私は調査をしていました」
分からない者が躓くと、すぐにまとめて話す。
会話の基本だ。置いてけぼりを食らわないように、皆が話についてこれるように。
心底丁寧に、赤ん坊でも分かるようにして話す。会話のレベルというのは一番低いものにあわせて会話した方が誤解が生まれずに済む。
賢者は皆が話についてきているのを確認して、次のステップへ進む。
「そして、私達が持ち得ている情報としてはもう一つ」と指を立てて微笑んだ。「魔族を転移させた魔司者の容姿です。マールベリー元帥の話によると、赤い長髪で見た目が30代ほどの高身長の女性ということ。赤い髪の女性はこの国に大勢いらっしゃいますので、これだけだと特定は中々難しい。……ですが、この度、わたしたちは有力な情報を手に入れました」
胸に手を当てて賢者は語る。
「この王国には大勢の旅人が流れてくる。ですが、身分の証明ができない人は身元保証人が必要とされ、身分を明らかにしない人も同じ扱いとされる。そんな人たちを私は王都襲撃の前に遡って調査をしていました。すると王都襲撃の前から定期的に女性を王国内に呼び、宿を貸し与えている人物がいました」
声色がふわりと和らぐ。皆が緊張をし続けないような施しを加える。
緊張続きでは心が持たないだろう。
いつの間にか台上には解析士や鑑定士はおらず、役目を終えたように下に降りていた。
台上にいるのは未だ拘束をされたままの少女とこんな大勢の前で物怖じをせずに話を続ける賢者だけ。
広間の人が、徐々に増えていく。
透き通る声が通りすがりの人の足を止めさせているのだ。
周囲の建物にいる者たちも窓を開け、その様子を眺めている。
皆の注目が、賢者に集まっている。
「その方が決まって利用する酒場は王国内部のお高いお店。そこではその呼んだ女性と何やら色々なお話をしているそうで、毎回のように治安の良い場所を紹介しているそうです。憲兵の場所、血盟拠点の有無や人通りなどなど。せっかく王国の外から招いた相手なので、丁重にもてなしたいという気持ちは素晴らしいものです」
声色が明るくなり、友人と話すような雰囲気へと変わる。
それは、ここらは重要な話ではないよ、と教えるようなもの。皆の集中力は少し薄れていった。
「……そして、その方がいつも紹介する宿は決まっていました。西部、南部、北部、東部。仲の良い知人が経営している宿にその女性たちを招いているみたいで……」
と言いかけると、意図的に賢者は無言の間を作り出した。
集中力が切れていた者たちの意識を集めるためには非常に有効的な間だ。
ふわ、と宙に霧散をしていた意識が台上の賢者に再び集まっていく。
そうして、言葉を待つ者たちに向けて話す賢者の声色は先程までの明るい様子ではない。
「そうです。その宿が今回の王都襲撃の転移の出口に指定されていました」
空気を締めるような声。
「それに加え、その人物は王都襲撃前に赤髪の女性と酒場でいつものように宿屋を紹介していた」
今、話している内容は看過するわけにはいかないと怒り、訴えるようなモノ。
だが、冷静さは欠いてはいない。彼女は賢者だ。その声色には知性が感じられる。
「私は今、この方が王都襲撃の内通者であると考え、確たる証拠を抑えるべく奔走をしていました。そして、つい先日、情報を入手することに成功。これで憲兵さんを動かせるようになりました。その証拠というのは…………」
ゴクリ、と皆が固唾をのんで見守る中、賢者は空いていた右手を宙に投げ出した。
「見せた方が早いですね」
そう言うと、手の上に召喚したのは紙の束。
皆がその存在に気づくと、その紙の束がふわと浮かんで広場中に広がっていった。
紙吹雪のようにゆっくりと降ってくるその紙を人々は手に取り、紙面にかかれている内容を目で追っていく。
「これは、今日の昼に発行される予定の新聞です。私が調査した内容が全て記されています。そして──王都襲撃を手引した人物の名前と、その写真も」
そしてその紙は、通路で腰が抜けていたふくよかな男の元にも落ちてきた。
手にしようとして──風のいたずらか、顔面にバチンッと勢いよく当たり、引き剥がしてその紙面を見て。
顔の色が無くなった。
そこにあった名前。
そこにあった写真。
それは──
【手引した者の名前は、ナクソン・ジェンキンス。職業は、冒険者組合の情報部の部長】
──男が赤髪の女性とその酒場に入っている所を収めた写真だったのだから。




