406 逆転攻勢に転じる
「──っ!?」
先程まで動揺で声がブレていた賢者の声が真っ直ぐにナクソンという男の胸を突いた。
たじろぎ、その圧に体がよろめく。
周りの者達から向けられる視線と敵意は男の喉を締め付けるには十分すぎるもので。
「依頼書の発行は情報部にて行われる。そして、こと重要な依頼については……ナクソン様。貴方が認可を下さないと発行がされないようになっています。冒険者の情報を管理するので、昇格や職業の情報などはこと丁寧に管理がされています。そこが杜撰だった場合、最悪の場合、血盟の順位などにも影響する話にもなりますので」
「だ、だが……私が見落としていたという可能性だってある! そもそも、私はそんな依頼書なんて見たことが無い!」
ナクソンはここぞとばかりに指摘をした。
彼は万が一のことを考え、アンという少女に発行した依頼のところの認可印には自分の印を押していない。
ナグモが昇級試験についての会議の時に気付いた場所でもある。
──部長の印はまだ押されていない、か。
そうだ。そこに押されているのは、部長の印ではなく、課長の印。
なにも知らずに普段通りに押し付けられた課長の名前入りの押印があるはずだ。
「私が認可したならそこに私の名前の押印があるはずだ! 見せてみろ! その押印を!」
一転して攻勢になったナクソンは声を荒らげた。
相手がボロを出すまで待ち、一気にひっくり返す。攻めの基本の型だ。
「見せられない理由は無いはずだ! さぁ! はやく──」
「えぇ。そこまでお望みとあらば」
「みせ……へっ?」
賢者は隠す気も出さず、クシャッとしていた依頼書を見えやすいように広げた。
「そんなに見たいなら、どうぞ。──自分の押印があることをご確認ください」
賢者は依頼書の下にある印に指をさした。
そこにははっきりとある。押し付けた課長の印ではなく──自分の押印が。
「──っ〜!??」
「どうされたんですか? そんなに自分の押印があるかどうかを確認されて。あるに決まってるじゃないですか。貴方が認可をしないと発行ができないんですから」
ナクソンの目が大きく見開いていく。一気に汗が吹き出た。
「なんっ! それは私の印じゃないっ! 私が押した訳じゃない!! なんだそれはっ、わたしはっ──わたしは!」
「ご自身の押印じゃあありませんか」
「違う! 違う! これは嵌められた! その女に! わたしはっ──」
「見苦しいですよ、ナクソン様」
台の上にいた賢者は手をゆら、と動かすとナクソンを宙に浮かばせた。
「ぐっ、うっ……く」
無詠唱の魔法。それか《力のある言葉》を発声したか。だとしても人一人を浮かばせるほどの力なぞ、普通はできるわけがない。
もがき苦しむナクソンが台の上にまで移動すると、
「ほら、あなたの押印だ。間違いないはずです」
と目の前にそれを出した。
「…………わたしの……わたしの……?」
それはまごうことなき自分の押印。
ナクソンは賢者の仮面を見つめた。賢者は──笑っている気がした。
「貴方はあろうことか、この少女を転生者だと言って、監査庁の鑑定士を脅し、私を人殺しにしようとした。それがどんなに重い罪かお分かりですか……私が解析士を呼ばなかったら、無実な少女が死んで、監査庁の信頼が揺らいでいた可能性だってある。貴方のやった行いは、平和を脅かす行為だ……!」
力の強い言葉で、周りの大衆は雄叫びを上げた。
賢者の怒りは、平和の代弁するが故の怒りだと。
「転生者という言葉を、自分の欲望のために使うことは決して許されるものではない!」
背筋が思わず伸びるような言葉で、賢者はナクソンを監査庁の建物から処刑台の通路に降ろした。
恐怖を顔に浮かべる男から視線を切ると……賢者様は仮面を取った。
思わず、皆の口から感嘆の声がこぼれ落ちた。
両目で色が違う瞳で、片目が黒、片目が紫色。
最初はその目に意識が持っていかれたが、そしてすぐにその全体──大人びた顔に、大衆は言葉を発することを忘れた。
なんて例えたら良いのかも分からない。形容しがたい。ただ、一言、美しいという言葉では足りないのは分かる。
穢れのない出で立ち。森の奥の空気のように澄んでいる表情。存在感があるというのに、透明感の感じられる顔をしている。
「お集まりの皆様。大変申し訳ございません。……皆様の期待には添えない結果になってしまいました。監査庁の皆様にも謝罪をしないといけません。せっかく……呼んでいただけたのに……台無しにしてしまって」
申し訳無さそうに目を下げ、口元を抑える。
そんな態度を取られるとは思ってもみなかった者たちは否定の言葉を口にしようとして
「これでは、今日の夜を安心して寝れませんよね……」
という賢者の言葉で、前のめりになっていた体がその場に立たされたような気持ちになった。
紫色の瞳が周囲を見渡し、口元に当てていた手を広げて伸ばした賢者様の顔は、
「──なので」
笑っていた。
「…………」
見惚れるような表情になった賢者は剣を鑑定士に渡し、両手のひらを広げ、皆に安心感を与えるような表情で。
「王都襲撃の手引した人の話をして、今回は終わりにしたいと思います」
まだ、このイベントが終わりではないことを宣言した。




