405 反撃の狼煙
その広場は一気に動揺の渦に飲まれた。
解析士が言った言葉は、この場に人が集まった意味を根幹から否定する言葉だったからだ。
今、手枷をされ、鎖に繋がれ、首を晒している状態の少女が──転生者ではない。
そう言っているのだ。
「待ってください……!!」
皆が混乱をする中、賢者の混乱する声が入った。
大衆の気持ちを代弁するように動揺し、声は震え、監査庁から受け取った剣先は戸惑いが見えている。
「この子が……転生者じゃないって……でも、だったら……どうして……。嘘じゃないんですよね……?」
「あぁ。嘘ではない。転生者どころか、称号Ⅰにはなにも書かれていない。一般人だ」
「!!」
賢者は腰が引けた様子で台上から落ちそうになった。
危ないっ、と声が至る所から上がる中、必死に台上に体を収め、ふらふらする足をその場に止まらせる。
だが、混乱しているのは変わりない。彼女は頭を抑えながら、顔を上げた。
「だと、いうことは……誰が一体、この人を転生者だと」
今にも、消え入りそうな声で賢者は問う。
「誰が……わたしに、無実な人に手を挙げるように……仕向けたんですか? わたしが、解析士を呼ばなかったら……だって、わたしは……」
混乱が声に現れているが、必死に体裁を保とうとしているのが分かる。
彼女の気持ちが痛いほど分かった。彼女は殺すところだったのだ。
「親の仇を討てると思って……ここに来たのに。……誰、ですか……?」
「アイリス……」
「善良な人間が転生者だと疑われて、罰せられることなんてあってはダメなんです。わたしは、そんな世界っ……望んでいない!」
「っ、鑑定士を呼べ! ここに連れてこい!」
解析士が賢者を支え、監査庁に声を張り上げた。すぐに監査庁の建物から一人の鑑定士が小走りでコッチにやってきた。
処刑台までの道を皆の視線を浴びながら歩き、時には「コイツが……」という声も聞こえてきていた。
ざわめきが収まらぬ中、台上に体を強張らせながら登った鑑定士。
「キミだな。この分血の暗黒森人を鑑定したのは」
「はい……でも、その……」
「彼女に称号Ⅰなぞ無かった……なぜ、この子に称号Ⅰがあると言ったんだ?」
解析士に問われ、大衆の面前で厳しい視線を浴びせられる。
そのような中で冷静な対応ができるわけもなく、声を震わせながら鑑定士は謝罪した。
「…………もうしわけっ……ありませんっ……」
「今、ほしいのは謝罪ではなく、説明だ。教えてくれ」
「大丈夫だよ、シエルさん。落ち着いて。私達は別に責めるつもりはない」
大衆が何かを言う前に早く賢者と解析士が言葉を被せるようにして話す。
そして、意を決したような鑑定士は
「わたし……はっ……命令されて……」
と言った。
ざわっ、と大衆の波が揺れた。
「誰にですか? 誰に、命令をされたんですか?」
「冒険者組合の……情報部の」
「──止めろ! なんだこれはっ! 何の茶番だ!」
再び、男が声を荒らげた。
男たちに拘束されたまま、必死に大声を出す。
キッと鑑定士の少女を睨むが──もう遅かった。
「──……」
指が、向いているのだ。
鑑定士の震える指が、そのふくよかな男性を捉えていて。
「あの人に……命令されてっ、ころすぞって言われて……」
男の顔は更に引きつっていた。
◇◇◇
「そんなっ……」
賢者は鑑定士を庇うようにして立ち、大衆の視線はその男に向けられた。
コイツが?
この男が……命令をした?
鑑定士を脅して?
賢者に無実な罪のやつを殺すように誘導した……。
ぶわ、と殺意が広場中に広がっていく中、賢者は怯えたような様子で。
「あなた……もしかして、西部冒険者組合の情報部の……ナクソン様じゃないですか?」
何かを知っているような声で話し始めた。
皆が男のことをよく見るために動き始めた。
「鑑定士様。あの人は……」
「はい……賢者様のおっしゃる通り、ナクソン様です」
「…………もしかして……」
口元に手を当て、賢者は隣の解析士に問う。
「この少女の名前は、アン……と言ってましたよね」
「どうしたんだ? そうだが。なにが……」
「ここ最近、冒険者組合の方で不穏な動きがあるから調査をしてほしいと依頼を受けていまして……」
何か知っているような素振りをみせる賢者に皆の意識が集まっていく。
「そこで名前が上がったのが、情報部を管理しているナクソン様と冒険者。そこに名前があったのがアン・アルジェント。この少女なんです」
話が読めない。そんな空気が広がっている。
何だ。何が起きている。この怒りの矛先はどこに向いたらいいのだ。
わかりやすく説明をしてくれ、と。端的な答えを求められている中、鑑定士は賢者に近寄って。
「賢者様。私が申し上げるのも……申し訳ないのですが」
「どうされたんですか……?」
「これを……」
「これは?」
「この少女が持っていた依頼書です」
その紙を持つと、賢者は驚きで声が出ていなかった。
ぷるぷると怒りと嘆きで紙を持つ手が震えながら、賢者はその男をにらみつけるようにしてみた。
「砦内に人型のモンスターが発生しているため、調査し討伐。二次転職の依頼……」
紙のことを読み上げる賢者は、信じられないといった様子で。
「……まさか、少女を先に砦の中に入らせて、後で冒険者に「転生者がいる」という情報を流して討伐に向かわせたんですか?」
紙をクシャッと潰し、詰め寄るように問いかける。
「鑑定士に転生者だと言わせるように脅して、この少女のことを『転生者』だと思わせるように依頼書を作り、フーシェンと監査庁を騙したんですか……? 転生者じゃないこの女の子を殺すために、私や……監査庁を利用したんですか!?」
「……そういうことか。この少女を先に砦の中に入れさせて、フーシェンに『転生者がいる』という依頼を渡して監査庁を同行させ……捕らえる。そして、鑑定士君を脅して──」
「なにを……馬鹿な。わたしは何もやっていない!」
男の声が響く。
「なんだっ。なんだこれは、そもそもっ! 鑑定士のことを信じるというのか!? 嘘をついたのだろう!? その鑑定士が言っていることが本当でない可能性の方が高いではないか!」
豚の腸のような指を何度も振り回し、周囲に汗を散らしながら男は叫んだ。
だが、声は届かない。暴れる男を拘束する者まで現れた。
「鑑定士があなたに脅されていないとしても、この不自然な依頼書を作ったのは貴方じゃないんですか……?」
「どうしてそう言い切れる! 私が作ったという証拠は!」
「本来、二次転職などの依頼書は情報部が発行する。そして、そこの管理者であるナクソン様はソレの最終決定をする立場じゃないですか」
切り捨てるような声に男の顔は引きつった。




