404 解析開始
顔は分からずとも身に付けているモノで、彼女が解析士だというのが分かった。
監査庁が正義の白色なのに対し、解析士と鑑定士は黒服で、顔はベールのような物で隠されている。
鑑定士との違いはその服に記された紋章だ。解析士が商人組合が発行している盾の紋章なのに対して、解析士は盾と十字架の紋章。
その紋章を身に着けている以上、彼女が解析士であることを誰も疑わない。
「解析士だ……!!」
「うおおおおおお!!」
突然のゲストに大衆はこれ以上ないほどの盛り上がりを見せた。
解析士というのは、ここ数年音沙汰がなかった。
中には活動を止めたのではないか、転生者に殺されたのではないかと勘ぐる者もいたほど。
以前は、転生者の公開処刑の場には必ずいた人物。だが、いつしか彼女の姿は監査庁と共に行動することが無くなった。
だが、その理由も今、分かった。
解析士の紋章の横にあるのは蘭花。──デュアラル王国の国花。
彼女は監査庁ではなく、一王国と契約を結んでいたのだ。
「皆様、お気づきかもしれませんが、彼女は解析士であり、私を公認賢者だと推薦をしてくれた恩人です。私が、今、皆様の前で話ができているのも彼女が私を見つけてくださったからです。皆様が過ごしやすい国を目指し、頑張っていきますのでよろしくお願いします」
解析士の背中に手を回す賢者は微笑む。
賢者と解析士の二人組が王国を護る盾となっている。その事実で彼らは今日、ここに足を運んでよかったと感じていた。
今、二人のことを見る目は非常に温かいものだ。悲惨な過去を持つ賢者を救った解析士が、共に転生者を殺すべく処刑台に臨む。大勢は次の言葉を心を踊らせて待っていた。
「話は戻りますが、鑑定というのはレベルがあれば完璧に見ることができないと聞きました。ですが、解析ならば全て分かる。監査庁の鑑定士様が既に鑑定をしていただいた後にはなりますが、せっかくならば解析士様にも見ていただこうかと思いまして」
その言葉にざわめいたのは、大衆ではなく、監査庁側だ。
むしろ大衆は「今、生の解析が見えるのか!?」と興奮をしている。
リアルタイムでの解析結果なぞ、人生で立ち会えることなど多くない。鑑定ですら貴重なスキルなのだから。
だが、そんな興奮する者たちを前にして、声を上げる者がいた。
「鑑定は既にしたんだろう! 今更、必要は無いはずだ……ッ!」
その声の主は大衆の中にいた。
ふくよかなお腹。額に浮かんでいる汗は工業油のように汚く見え、顔にある皮脂のブツブツが海岸のフジツボのように見にくい男。
組合の職員のような服装を着ているが、ギルド内で見かけたことはない。荒々しい鼻息で、台上にいるアイリスを豚の腸ほどに膨れ上がっている指でさして、声を荒らげている。
「すぐにやめろ!」
「すみませんっ……」
男の言葉で、賢者の声に涙が滲んだ。
「そのことは重々承知の上で……でも、初任務ですので、一生懸命頑張らせていただこうかと思いまして……」
「その必要はない! すぐにやめろ! ソイツが転生者だとは既に鑑定結果で出ているんだ! 早くソイツの首を刎ねろッ!!」
「でも……っ、わたし……本当に、頑張りたくて……」
声を荒げる男に賢者は今にも泣き出しそうな声を出した。
「ぐっ!?」
その反応に指摘した男も指を少し折れ曲げさせ、顔を歪める。
「なっ、泣くのではなく! はやく仕事をしろと言っているんだ!」
「──おいアンタ! 賢者様の邪魔をするなッ!」
「その通りだ! 大体、あんたには関係ない話だろう!」
賢者の涙に同情をした男たちが、そのふくよかな男性を取り囲み始めた。
先程まで美しくも可愛らしい賢者が台上でどこか緊張を感じられる様子で、でも頑張って仕事をしようとしていたのだ。
こんな世界でも、あれほどまでに健気で、真っ直ぐな子がこんな意味の分からない男に指図され、泣きそうになっている。そんなのを黙ってみていられるわけがない。
「関係あるなしではなくっ、仕事を早くしろと言って」
「だからそれがあんたには関係ないって話だろ! 賢者様を泣かせるなよ!」
「大体、オマエ何様なんだよ! 仕事をしろって口うるさく言いやがって」
その男たちの様子は、もはや糾弾に近い。
男たちはふくよかな男を叩き、賢者を擁護する。それは、賢者は男たちの中で特別な存在へと変わりつつあることの証明でもあった。
そんな様子を見ていた台上の賢者は、雲から顔を出した太陽のように輝きを取り戻し、笑みを浮かべた。
「皆さん、大丈夫です。大丈夫ですので……ありがとうございます」
仮面によって遮られてはいる。だが、笑っていると分かる。
賢者の笑顔を彼らは護ることができたのだ。
「その方の気持ちも良くわかります。早く、転生者を罰してほしいという気持ちはあって当然です。ですが、解析士さんの話を聞いてからでも遅くありませんので。皆さんも解析士さんの結果を心待ちにしていますし……」
本来あった流れに戻ろうとしている賢者に男は何か叫びながら前に進んでくるが、それを周りの男達が抑え込んだ。
さすがにこれ以上、見てられなかったのだろう。ふくよかな男性の声は周囲には届かず、台上の皆が愛する賢者の声は大衆へと届き、染みていく。
「では、解析士様。早速で申し訳有りませんが、解析の結果をお話ください。まず、この少女の名前は」
「アン・アルジェント。旧姓はアンジュ・シュヴァルツベート。奴隷になったことで、名前が一度変わっているみたいだ」
「奴隷になったら名前が変わるんですか!……そうなんだ……あ、すみません。じゃあ、この子のレベルは幾つですか?」
「549だそうだ。かなり高いな。闘技場での活躍していた割には低いが」
「なるほど……もしかすると、転生者だと言われていた理由はそこにあるのかも……」
解析士とやり取りを続ける賢者の様子を眺める者たち。
そして、ようやく待望の質問を賢者が投げることになる。
「最後に、この子は転生者ですか?」
その質問への回答までの時間はかなりあったように思えた。
解析士も驚いているように思えた。
皆の注目が集まる中、解析士はゆっくりと口を開いた。
「いいや。……この少女の称号Ⅰには何も書かれていない」
それは、一瞬にして場を混乱に陥れる言葉だった。




