403 特別ゲスト
綺麗な声だ。
少女がそのまま大人になったような声。だが、”軽さ”は介在していない。
今まで散々苦労をしてきた、腹を据えた声。そんな耳に残る声で、彼女は話を続ける。
「私はこの場にいる皆様と同じように転生者が嫌いだ」
じわ、と憎しみが声色に現れる。
その突然低くなった声色の変化は皆の背筋を凍らせるようなもので。
「自分勝手で人の人生を踏みにじる。それなのに悪びれもなく笑い、のうのうと生きる彼らが嫌いだ」
賢者様の言葉には一つ一つ生きているモノが感じられた。
まるでその場に居合わせたような、そんな気分にさせる。
彼女の言葉に皆は心を惹かれ、処刑の執行日とは思えないほどの静けさが、その場に立つ賢者の存在感を一層際立たせる。
「私の願いは皆が平和に生きること。何にも恐れず、明日の心配なんてせずに今日の夜を過ごせること。そのために私の力は振るいたい。これは……亡くなった父と母との約束でもあります」
賢者は悲しげな声色となり、胸前に手をあて、丸め込んだ。
聖母のような慈愛と献身。それらは、賢者が来ることを知らない者や新たな賢者の登場を快く思わなかった者達にも届く。
彼女の言葉に心が洗われるような気分にさせられる。
「その約束を果たせるよう、わたしはこれまで多くの悪人と戦ってきました。罪のない少年少女を襲う悪漢、大勢の子どもたちを殺そうとした者、自分勝手で話を聞かずに暴力を振るう者たち」
だから、彼女は賢者という身で傭兵をしていたのだ。
その想像もできない彼女の生い立ちに、大衆の心は既に鷲掴みにされていた。
そして──と賢者様は震えていた声を正し、胸を張り、笑顔を振りまくように言葉を紡いだ。
「今日はこの転生者と言われた少女。……皆様、今日の夜はゆっくりと過ごせれることを約束いたしましょう」
今まで食い入るように聞いていた賢者様の声が聞こえなくなったことにより、大衆の間に静寂が生まれる。
話を聞いている間は彼女の人生を見せてもらえているような、追体験をさせてもらえているような気分にさせられた。
だが、ようやく、彼らは自分たちが自分たちであることを思い出す。
「お……おおおおおおおおおおおおお!!」
地面が割れんばかりの歓声が響いた。
麗しげな賢者が、我々に約束をしてくださった。
過酷な人生を歩んできた賢者様が、今日、やっと敵討ちができるのだ。
腸が煮えくり返るような思いをしたというのに、あれほどまでに優しい声で。
──大衆の中で、このステージの主役は転生者ではなく、賢者へと変わっていく。
転生者はあくまでおまけ。
これは長く続いた賢者様の苦労が一つ報われる日。
それを我々は特等席で見ることができている。
一種の自己投影。
今まで転生者を何度も殺す夢を見た者たちが、自分と賢者は同じ意志を持つ同士だと見て同情している。
そして、そんな人物があのような晴々しいステージに立っていることを同士とし誇りに思っている。
「そんな皆様にご報告があります」
興奮が収まりかけてた頃に、賢者様の声が聞こえてきた。
誰が何を言ったわけではないというのに、皆はすぐに声を抑えた。
彼女の声を皆、待っているのだ。
「私はこの王国に就任してから日にちも浅い。監査庁様の代わりが務まるとも思ってはおりません。少し前までは私の拾ってくれた冒険者組合の方の手伝いばかりしていましたし……。でもっ、一生懸命お仕事をしようと思って、今回のこの少女のことを調べてきました。聞いてくださると幸いです……」
そんな心配しなくても大丈夫だよ、と声をかけてあげたい気持ちにさせられた。
台上で不安そうに体を小さくした賢者は、先程までの様子からは考えられないほど可愛らしく見え、男たちの庇護欲を駆り立てる。
また、冒険者組合の人に拾われて、という話を聞いてこの場にいる冒険者の多くは彼女に親近感を覚えただろう。
「今回、彼女を捕まえたのはかの有名な大血盟、フーシェンの皆様だそうです。どうやら、イニシアの森の砦に住んでいる人がいる。それが転生者の可能性がある、という報告を受けて監査庁と一緒に向かうと……この少女がいた。それが今回の事の顛末です。これが、その依頼書になります」
賢者は転生者のことを詳しく調べてきたと言い、目下の少女の首の近くに剣を置く。
その片手にはフーシェンが持っていた依頼書が握られている。
「転生者がいると判断した冒険者組合には、とても聡明な御方がいらっしゃるようです。イニシアの森と言えば、王国内でも冒険者の出入りが激しい場所。砦の存在は冒険者の中で知らない人はいないというほど有名で、立ち寄るのは危ないとされている。そこにいるのだから怪しいと目をつけたんだと思います」
詳しく、皆にこの少女が見つかった過程を知らせるように話をしていく。
ここまで丁寧に話をされたら今回のこの転生者逮捕に貢献したのが、冒険者組合、フーシェンであることが分かるように。
賢者はその両者を褒めるような様子で話を続け、剣先を台上の金具に触れさせた。
「その場所にいたのがこの少女。新聞で見させていただいたのですが……元々、闘技場の戦士として長い間活動をしてきていたらしく、その時からこの少女は転生者だと言われていた。それで、少し前には下位ダンジョンの最速記録を打ち立てたという話も見ました」
「そうだ。コイツは下位ダンジョンも……」
「転生者の記録なんて不正だ! 記録は抹消すべきだ!!」
賢者は淑やかな様子で、声を上げる者たちに応える。
「皆様の仰るとおりです。ですが、一つの疑問が思い浮かびませんか?」との問いかけをして、大衆を見回す。口を開くものはいない。なんのことだか分からないのだ「この少女は以前から転生者だと言われていたんですよね。……だったら、何故、その時にこの少女は殺されなかったんでしょうか」
──ぽつ、と一石が投じられたことに彼らは気づかない。
声色の変化ではなく、話の方向性が変わった。
だが、彼らは話を居心地良く聞いているだけ。気づくわけもない。
「転生者はこの世界を混沌に陥れた極悪人です。だったら、そんな人が戦ってる姿を見るだけで心を痛める人が大勢居たはずです。この度の下位ダンジョンの最速記録も打ち立てられることもなかった」
そうだ。そのとおりだ、と声が聞こえてくる始末。
彼女は持っていきたい方向と大衆の言って欲しい言葉を絶妙なバランスで絡め、違和感なくストーリーを立てていく。
「だから、何かおかしいと思って……探して、探して……結局、分かりませんでした」
本来なら何か野次でも飛びそうな態度だと言うのに、皆はまるで偶像を崇拝するように言葉を受け入れる。
頑張ったけどできなかった子どもを慰めるような。むしろ「よくやったよ」という色が大衆に着いていく。
「なので、分かる人を呼ぼうと思い【解析士】の方にお越しいただきました」
賢者がそう言って手を出し出すと、大衆の中から顔を隠している人物が台上に上がってきた。




